2016年1月 「第九惑星」

新年早々飛び込んできたのは株安やテロの脅威そして北朝鮮問題など。 さて今年はどうなることかと思っていたが、米カリフォルニア工科大の研究グループが20日、太陽系の果てに海王星より20倍遠い軌道を回る惑星が存在する可能性があると発表した。 実際に発見されれば太陽系の「第9惑星」になる可能性があるという。

 

惑星が存在する可能性があるのは太陽系の外縁部の「カイパーベルト」と呼ばれる領域で、カイパーベルトにある6個の小さな天体が同じ向きに動いているのが発見された。 そして、コンピューターの模擬計算上でのシュミレーションで、これらの動きが未知の大きな惑星の重力の影響を受けている可能性が高いと推定された。

予測された惑星は地球より10倍重く、太陽のまわりを一周するのに1万~2万年かかるという。 マイケル・ブラウン教授は「誰かが論文に刺激を受け、観測を始めてほしい」と語っている。 存在の可能性が発表されたというものの、まだそういう段階なのである。 

 

日本でも2008年、向井正教授が、未知の惑星の存在を推定した論文を発表したが、この惑星もまだ見つかっていない。 この研究では、海王星の3倍弱の距離に質量が地球の0.3~0.7倍とやや小さめの惑星がある、と推定している。

カリフォルニア工科大のチームは「5年ほどで発見できれば」と期待するが、向井教授らが予測した天体でも最も明るいときで冥王星くらいにしかならず、さらに遠くにあるこの天体はより暗いとみられている。  

 

外縁部では、海王星と同じくらいの大きさの惑星が誕生する可能性はまずないとのことで、他の惑星と一緒に誕生した後、木星などの重力の影響ではじき飛ばされた可能性があるという。

惑星と認められるには、太陽の周りを回り、球状になるほど質量があり、その軌道の近くに他の天体がないという3つの条件を満たす必要がある。 冥王星は近くに同じくらいの大きさの天体があったため、2006年に惑星から格下げされたのだ。

日々紙面を賑わしている悩み多き人間世界を離れ、時空を超えた旅をしてみたいものである。

2016年2月 「大和言葉」

 

上野誠の著書「さりげなく思いやりが伝わる大和言葉」を読んでいるうちに、なぜかNHKの朝ドラ「あさが来た」のセリフが思い浮かんできた。 セリフが気になり注意して聞いてみるが、特に大和言葉が使われているというわけではないようだ。 主人公のモデルとなった広岡浅子は1849年生まれで、その時代の京都や大阪の柔らかい言葉が大和言葉のように感じられるのだろうか。

日本人は、もともとあった大和言葉に、中国語、ポルトガル語、英米語など多くの言葉を取り入れ、独自の日本語文化を作り上げてきた。 表現がおおらかなタイ語を学んでいると、日本語のさりげなさや奥深さに改めて感動させられる。

 

日本的な言葉を選び出してみよう。


ちょうだいする、もったいない、お骨折り、頃合いをみる、言わずとしれた、角が立つ
うららか、なごむ、くよくよ、たゆたう、ほのか、ゆゆしき、さんざめく、暮れなずむ、
花を持たせる、たしなみ 、ものごしたたずまい、匂い立つ、あたらずさわらず、いかんともしがたい、いただきます、ごちそうさま  


おひらき  おめでたい席で、閉じるとか終わるというのは験が悪いので。よいことを言えば良いことがおき、悪いことを言えば悪いことが起きるという考え。
左うちわ  右利きの人が右手を使わなくてもいい状態。余裕があって楽なこと。
おかまいなく かまうは相手が望んでいることをしてあげる こと。
向こう三軒両隣 助け合いをすべき近所の家
ことほどさように 結果ではなく結論を言う時に使う。
そこはかとなく 原因は理由がはっきりしない、なんとなく。


徒然草の一文:

「心に移り行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやうしこそ、ものぐるほしけれ」
  心に移るとりとめもないことを、なんとなく書いていくと、不思議なほどにこころがみだれてゆく。  

言葉は時代を映す鏡であるともいわれるが、万葉の歌人に同じ心を感じ、漱石や芥川の主人公に自分を重ねる時、日本人の本質は変わらないのではないかと思えてくる。

来し方 行く末  
なかなか深みのある言葉である。 

2016年3月 「ヨーロッパの西の果て」

宮本輝の著書 「ここに地終わり 海始まる」 を片手にポルトガルの旅に出た。
物語は、18年ものあいだ結核の療養生活を送っていた志穂子のもとにヨーロッパの最果てであるポルトガルのロカ岬から、一通の絵葉書が届くことから始まる。

一方私の旅は、ポルトガル第2の都市ポルトから始まった。 ローマ時代、この地に成立した国がポルトガル王国となり、ポルトガルの名の由来になったという。

 

ポルトの町では、2万枚のアズレージョで彩られた美しいサン・ベント駅やボルサ宮、サンフランチェスコ教会などを訪ねた。 ポルトガル初代国王のフォンヲ・エンリケスが誕生した町ギラマンイスでは、ギラマンイス城を巡り、ポルトガル第3の都市プラガではカテドラルを訪れた。 

ドウロ川ではクルーズとポートワインで有名なワイナリーを訪れてワインを楽しんだ。 ポルトガルのポートワインは、ドウロ川上流で収穫されたブドウから造られ、一次発酵の途中でブランデーを加えたもので豊潤な香りに満ちている。 まだ糖分が残っている発酵途中にアルコール度数77度のブランデーを加えて酵母の働きを止めるのが特徴で、独特の甘みとコクが生まれる。 

 

アルコール度数は20度前後と通常のワインよりも高く、保存性が非常に優れている。 このためポートワインは一度封を切っても通常のワインのように急激な風味の劣化、変化が起こらず長期保存が可能だという。 ポートワインには赤と白があり、赤はルビー色で「ポルトガルの宝石」と称され「食後酒」としてチョコレートなどと飲まれ、白は「食前酒」としておつまみと一緒に飲まれている。

古都コインブラで訪れたコインブラ大学は、ポルトガルの各国王がかつては宮殿とした建物である。 旧図書館の内部装飾は、彫刻を施した木材に金箔を張ったもので、技術的にも芸術的にも素晴らしく、ポルトガルバロックの傑作とされている。 学生たちは歴史的な文献なども予約して借りることもできるという。 古書に付く虫を退治するため、今も館内にコウモリを飼っているという話には驚かされた。 夜間はテーブルなどが汚れないようフンよけのカバーを被せるそうである。

 

漁師町であるナザレは、ポルトガル屈指のリゾート地でもありその海岸線は美しい。 雨上がりの海上に現れた大きな虹に吉兆を祈り、民族衣装を身にまとった人懐こいナッツ売りの女性たちにエネルギーを貰った。

リスボンの北にあるオビドスの町は城壁に囲まれ、中世の面影を残す美しい町である。 訪ねた時はイースタ前の聖週間にあたり、香りのよい小枝が路地に撒かれて、人々のキリスト復活への願いが感じられた。 1282年オビドスは、ドン・ディニス王によりイザベル王妃に婚礼の贈り物されてから 「Wedding Present Town」 として知られるようになった。 1883年まではポルトガル歴代王妃の直轄地となっていたが、まるで絵本の中に入り込んだような可愛い町である。 中心にある小さなCamara Municipalでろうそくを灯し旅の平安を願った。

 

テージョ川に面して建つ発見記念塔、ベレンの塔など 、大航海時代の富で建てられた建造物も訪ねることができ、教科書でしか知らなかった、マゼランやヴァスコ・ダ・ガマの大航海時代の栄光や「天正少年使節団」の足跡を感じることができた。

首都リスボンではオープンテラスで魚介類のランチをいただき、夜はポルトガルの民謡といわれている哀愁あふれるファドを聴きながらディナーを楽しんだ。   「リスボンは楽しみ、コインブラは学び、ポルトは働き、そしてプラガは祈りの町である」と言われるように、それぞれの町がそれぞれの魅力を持っている。

そして、絵葉書の出されたロカ岬。 岬への観光の拠点となるシントラは、エデンの園とも称えられ、王家の離宮が置かれている町で、シントラの王宮やペナ宮をはじめ様々な年代の文化財を訪ねることができる。 ロカ岬はユーラシア大陸最西端の岬で、物語のタイトルでもある 「ここに地終わり 海始まる」の石碑が置かれている。 石碑に書かれる一節は、ポルトガルの詩人ルイス・デ・カモンイスの叙事詩「ウズ・ルジアダス」の詩の一節である。   さあ、新たな始まりがあるだろうか。

2016年4月 「熊本地震」

「前震」という言葉を初めて知った。 4月14日21時26分熊本地方でM6.5、最大震度7の地震が発生したが、その2日後の16日1時25分に震源とするM7.3の地震が発生した。 気象庁は同日、14日の地震は前震で16日が本震だと発表した。

 

母から「天災は忘れた頃にやってくる。 何があっても慌てるな。」と聞かされていたが、最近は忘れる前にやってくる。 「またか!!今度はどこで?」と緊急速報を見つめ、被災現場の惨状を目の当たりにして、災害に会われた方々の心痛を思い一刻も早い復興を願っている。

友人から、熊本は水が豊かな地下水都市で、蛇口をひねれば一年中「おいしい地下水」が飲めると聞いた。 「水守」という制度があり、「水を守る」「水を生かす」人材を掘り起こし、情報を収集して活動の輪を広げているという。 その熊本で断水が続き疲れ切った表情の人々が給水車に列をなしている。

 

国土地理院から出されている「地震国日本列島の仕組み」を見ると、「荒ぶる列島 地震から身を守る」の文字がまるで緊急地震速報のようにも見えてくる。 熊本地震の余震が続く中、南米のエクアドルでも巨大地震が起き多くの死者が出た。 自然災害は地球規模であり、この星のこの日本の地に住む限り、次々と押し寄せる災害に正面から向き合わなければならない。

直下型地震というのは、被害が局地的で20キロ平方メートルほどの範囲で被害が大きいという。
1995年の阪神淡路大震災の際、阪急伊丹駅は崩落したが、1キロも離れていない新伊丹にある主人の実家は、幸いなことに断層から外れていて被害を免れた。

「太陽系外の移住先探せ ホーキング博士が探査機計画 」

 12日、宇宙物理学者スティーブン・ホーキング博士が、ニューヨークで記者会見し、光速の5分の1という極めて速い速度で飛ぶ小型探査機「ナノクラフト」を開発し、太陽系外の惑星や生命体を探す計画を発表した。

新聞記事から:

米フェイスブック創業者のザッカーバーグ氏も計画に名を連ね、ロシア人投資家で大富豪のユーリー・ミリネル氏が1億ドル(約109億円)を出資する。
太陽系にもいずれ寿命が来るため、ホーキング博士は「(人類が)生き残るためには他の星に住むしかない」と述べた。 地球が属する天の川銀河には、居住可能な惑星が数十億個は存在するとの研究報告もある。

目指すのは、太陽系から最も近い恒星系をつくるケンタウルス座α星。地球から4.3光年離れており、現在の技術では3万年かかるが、ナノクラフトは地上の多数のアンテナがレーザー光で推力を与え続ける方式で高速を維持し、約20年で到達する。

ナノクラフトは切手サイズのチップに小型のカメラや通信機器を搭載する。 レーザーからの推力を受け取るため、1辺数メートルの四角形の帆を張り巡らせる。

人類が宇宙人と接触するのは危険というのがホーキング博士の持論。 仮に生命体を見つけた場合は「向こうがわれわれを見つけないことを祈る」と述べた。「備えあれば憂いなし」とはいうものの、自然災害に完全な備えなど無理である。  
そんな中で出会った太陽系以外への移住先探しは、想像するだけで夢の広がる壮大なストリーだ。

2016年5月 「金沢」

風薫る5月、娘家族4人、息子家族3人と金沢に出かけた。 北陸新幹線初体験の旅の目的は、金沢にある野田山へのお墓参りと、能登半島の七尾湾に面する和倉温泉でのんびり温泉を楽しむことだった。

1歳、3歳、5歳の孫を連れての道中はなかなか波乱含みである。 出発の前夜には、北陸新幹線に乗るのを一番楽しみにしていた3歳の孫が39.2℃の熱を出したと連絡が入り、まずは朝まで様子を見ることになった。 当日の朝、期待通りに熱が下がるはずもなく、孫と婿が留守番することになった。

 

金沢市の南に位置する野田山は、杉木立が鬱蒼と茂る広大な墓地である。 加賀藩初代藩主の前田利家が兄の利久を埋葬して以来、利家をはじめ14代までの歴代藩主や利家の4女・豪姫、3代藩主利常の正妻・珠姫も埋葬され静かに眠っている。

墓守さんの家でお花を求め野田山の参道を上り、ご先祖様に手を合わせた。 墓守さんの話によると、私たちがお参りに行くのをご先祖様たちは居を正して待っておられるそうである。 心が引き締る。

 

埋葬場所は異なるが、4年半前に亡くなった母のことを想った。 人は死ぬものと分かっているのに、この世に母がいないことが不思議でならない。 「生きるとは自分の物語を作ること」という本の中に、「やさしさの根本は死ぬ自覚。 すごく親しい人が死ぬことは想像できない。 心の中で死ぬ可能性を消している。 あなたも死ぬ、私も死ぬ、という事を共有していられれば、お互いが尊重しあえる。 永遠を感じさせる至福の時はそうして実現する。」とある。 

お墓参りを済ませ和倉温泉に向かった。 

 

和倉温泉は、七尾湾に面した能登最大の温泉地である。 その食塩泉で白鷺が傷を癒し、羽を休めたのが温泉の発祥であると言われている。 なめてみると確かに海の味がする。 和倉の夕日に染まる宿でやさしいお湯に癒され、七尾湾で採れた豊かな魚と土地のものを楽しんだ。 翌朝、婿から孫の熱が下がったのでこれから急きょ参加すると連絡が入った。 1泊で帰る私たちとはすれ違いになると思われたが、金沢駅で会うことが出来、娘家族は揃って金沢での旅を続けることができた。 金沢駅のお寿司屋さんで写した写真と和倉温泉の旅館前で写した写真を「全員集合!!」の写真に合成して、ボードの上に飾っている。 トラブルも懐かしい思い出である。

2016年6月 「マインドフルネス」

NHKの番組「キラーストレス」を見て、その時出演していた早稲田大学の熊野宏昭教授の『マインドフルネス』に興味を持った。 マインドフルネスとは、仏教におけるサティ(正念)から、宗教的要素を除き、メソッド化した自己啓発や心理療法として用いる瞑想をベースとした、エクササイズであり、テクニックであり、状態である。今この瞬間の自分の体験に注意を向けて、現実をあるがままに受け入れることであるが、特別な形で、意図的に、評価や判断とは無縁に、注意を払う事とのことである。

NHKの番組ホームページより:
(1)背筋を伸ばして、両肩を結ぶ線がまっすぐになるように座り、目を閉じる
脚を組んでも、正座でも、椅子に座っても良いです。「背筋が伸びてその他の体の力は抜けている」楽な姿勢を見つけて下さい。

(2)呼吸をあるがままに感じる
呼吸をコントロールしないで、身体がそうしたいようにさせます。
そして呼吸に伴ってお腹や胸がふくらんだり縮んだりする感覚に注意を向け、その感覚の変化を気づきが追いかけていくようにします。
例えば、お腹や胸に感じる感覚が変化する様子を、心の中で、「ふくらみ、ふくらみ、縮み、縮み」などと実況すると感じやすくなります。

(3)わいてくる雑念や感情にとらわれない
単純な作業なので、「仕事のメールしなくちゃ」「ゴミ捨て忘れちゃった」など雑念が浮かんできます。そうしたら「雑念、雑念」と心の中でつぶやき、考えを切り上げ、「戻ります」と唱えて、呼吸に注意を戻します。
「あいつには負けたくない」など考えてしまっている場合には、感情が動き始めています。「怒り、怒り」などと心の中でつぶやき、「戻ります」と唱えて、呼吸に注意を戻します。

(4)身体全体で呼吸するようにする
次に、注意のフォーカスを広げて、「今の瞬間」の現実を幅広く捉えるようにしていきます。
最初は、身体全体で呼吸をするように、吸った息が手足の先まで流れ込んでいくように、吐く息が身体の隅々から流れ出ていくように感じながら、「ふくらみ、ふくらみ、縮み、縮み」と実況を続けていきます。

(5)身体の外にまで注意のフォーカスを広げていく
さらに、自分の周りの空間の隅々に気を配り、そこで気づくことのできる現実の全てを見守るようにしていきます。
自分を取り巻く部屋の空気の動き、温度、広さなどを感じ、さらに外側の空間にも(部屋の外の音などに対しても)気を配っていきます。それと同時に「ふくらみ、ふくらみ、縮み、縮み」と実況は続けますが、そちらに向ける注意は弱くなり、何か雑念が出てきたことに気づいても、その辺りに漂わせておくようにして(「戻ります」とはせずに)、消えていくのを見届けます。

(6)瞑想を終了する
まぶたの裏に注意を向け、そっと目を開けていきます。
伸びをしたり、身体をさすったりして、普段の自分に戻ります。

 

まずは実践。 姿勢を正し試みるが、邪念が入りなかなか上手くいかない。 そこで翌日、寝起きのベッドで試してみた。 まずは息をコントロールして、第三者のように自分を眺め、次第に部屋の外、日本、地球、宇宙からと自分を俯瞰していく。 すると不思議なことに、頭がすっきりしてなんだか体が軽くなった気がした。 瞑想はスゴイかもしれないと思えてきた。

そんな、「マインドフルネス」を調べていくうちに、石川善樹先生(予防医学)の「人生100年時代 何のために毎朝起きるのか」という問いにぶつかった。 禅問答のようであり、ここ数年、すっきりとした目覚めがない私には難問である。

 

再び、瞑想を試みた。 まず今いる自分を感じ、自分のいる空間を感じ、宇宙から眺めると、自分の存在すら感じられなくなった・・。 そんな無我の境地でなくてはならない瞑想だが、そこは凡人、急に中学生時代の娘からもらった誕生日カードを思い出し瞑想を中止、あわててカードを探しを始めた。 

厚紙でできたカードの1ページ目は、宇宙から始まる。  「宇宙」⇒「地球」⇒「日本」⇒「関東地方」⇒「マンション」⇒「玄関」⇒「バースデーケーキ」 ケーキにはなんと取り外しができるロウソクまで付いている!! 

タイムスリップした娘からのプレゼントに、これが私のマインドフルネスかと胸が熱くなる。 感謝である。

2016年7月 「心配しすぎず」

世界各地でテロ事件が起き、日本では大地震や凶悪事件が起き、心を痛める日々が続いている。 そして、イギリスのEU離脱やアメリカの大統領選挙など世界はこれからどこに向かっていくのだろうと心配になる。

 

そんな時、島崎 敢の「心配学 本当の確率となぜずれる?」を読んだ。 以下は要約。

2015年パリの同時多発テロで100人以上の方が亡くなった。 もし来週パリに行く予定だったら、当然心配になるが、実は人々の「心配」こそがテロリストの狙いだ。
テロで亡くなる人の数は増えているが、それでも世界のテロによる死者は自爆した実行犯を含めても年間3万人余り、交通事故による死者が世界で年間130万人いることを考えると、どれほど心配すべきことなのか、よくわからなくなってくる。このように「本当の確率」と私たちが感じている「心配」の間には「ずれ」があり、このずれは個人差もある。

 

京都議定書における目標排出量を守ったときと守らなかった時の温度上昇の予測データーについての異なる2つの意見。
1.温室効果ガス削減計画を守るべきだ。
2.守った場合でも2100年に訪れるはずの温度上昇は、守らなかった場合に比べて5年しか遅らせることができない。 多大なコストをかけて温室効果ガスの排出を減らしても根本的な解決にならないし、京都議定書で定められたレベルの削減では地球温暖化は止められない。
同じデーターを見ても異なる見解がでる。

幸せな生き方とは、心配しすぎず、安心しすぎず生きること。 危険感受性を上げ、回避のスキルを上げる。 心配事を「数字」にすると、それまでよりも少し心配じゃなくなる。


先日、蓮の花を見に鎌倉の光明寺と鶴岡八幡宮を訪れた。 静寂の中で花開く蓮は、タイにいたころを思い出させた。 喧噪のバンコクを後にして郊外に出ると、あちこちの沼地でスイレンや蓮の花を見かけ、 その静かな佇まいに、やはりタイは仏教国なのだと実感させられたものだ。

浄土宗の大本山である光明寺では錦蕊蓮と大賀蓮の2種類を、鶴岡八幡宮の源平池では紅蓮と白蓮を見ることができる。  蓮池の周りだけが浄土を思わせるような不思議な時空である。 「蓮は泥より出でて泥に染まらず」という言葉があるように、清らかさや聖なるもの象徴として称えられる蓮の花を眺めていると、世にうごめく心配事から解放され、心静かな時間を持つことができる。

「心配とはもともと主観的なもの。 リスクを計算し減らす努力をする。それでもだめならいっそ考えるのをやめる、というのも人生を楽しむ秘訣なのかもしれない。」 という作者の結びの言葉を、蓮茶をいただきながら、その不思議な香りとともに飲み込んでいるこの頃である。

2016年8月 「リオ五輪」

大統領が職務停止中という異常事態の中、どうなることかと心配されていたリオ五輪だったが、多くの感動を残して無事終わった。 いろいろなところで感動ランキングが発表されていたが、それぞれにとってのベスト競技は何だっただろうか。 

 

【私にとってのベスト競技】

1 .男子400mリレーの銀メダル

日本人の自己ベストは、桐生10秒01、山県10秒05、ケンブリッジ10秒10、飯塚は10秒22。 日本の五輪史上最強といわれている4人だが、世界レベルの9秒台は一人もいない。 日本はバトンパスに、下から差し上げるように行うアンダーハンドを採用し、渡す側と受ける側の双方がフォームを乱さず走ることを優先させ、世界が驚く夢の銀メダルを獲得した。

金メダルだったジャマイカのボルト選手は「予選から見ていたが、速いかもしれないと僕には分かっていた」「日本はチームワークがいい。この数年、彼らを見てきたが、彼らはいつもバトンの扱いが素晴らしい。我々よりはるかにたくさんの練習をしていて、チームメートを信頼しているのも分かる」と絶賛している。 さすがチームジャパンである。

 

2. 体操団体と内村選手の個人総合金メダル

体操の男子団体総合で、日本は2004年アテネ大会以来3大会ぶりに優勝した。 すべての種目に出場したエース内村は美しく安定感のある演技を見せ、19歳の白井も得意の床運動などで、G難度「リ・ジョンソン」、F難度「シライ2」、F難度の「シライ・ニュエン」とすべて成功させ、次のエースであることを印象付けた。

個人総合で内村選手は、最後の鉄棒で逆転し、史上4人目の2連覇を果たした。 「いい演技で一番いいメダルをとれた。 本当に一番の幸せ者です」と語る王者は、怪我などの試練を乗り越えてのひときわ輝く金メダルだ。 

 

3. 錦織選手の96年ぶりの快挙銅メダル
準々決勝のモンフィス戦:
第1セットはタイブレークの末、錦織が先取するが、第2セットはモンフィスの力強いサーブ、粘り強いストロークに苦しみ、今大会初めてセットを失った。 最終3セットも再びタイブレークになり、モンフィスが先にマッチポイントを握るが、錦織が5連続ポイントで逆転勝利を挙げた。

ナダルとの3位決定戦:
第1セット、錦織は序盤から攻撃的な試合を行った。 第2セットで勝利を目前にしてからは、逆にミスが目立ち、このセットを落とした。 第3セットに入る前に2人はトイレ休憩をとったが、錦織のトイレ休憩が長かったため、観客からブーイングが出た。 錦織は気にするそぶりを見せず試合に集中したが、ナダルはプレーに粗さが目立ち始め、世界7位の錦織圭が、5位のナダルを6-2、6-7、6-3で下し、銅メダルを獲得した。 日本にとっては20年アントワープ大会の男子シングルスで熊谷一弥、同ダブルスで熊谷、柏尾誠一郎組が銀メダルを獲得して以来96年ぶりの快挙である。

 

4. 卓球女子(銅メダル) 男子(銀メダル)

5. 柔道吉田沙保里の銀メダル

 

【心打たれた競技】

 

1. 女子陸上5000m 予選での転倒

予選のレース中にニュージーランドのニッキ・ハンブリンが転倒し、後ろを走っていた米国のアビー・ダゴスティノが避けきれずに巻き込まれた。 先に立ち上がったダゴスティノがハンブリンを助け起こし、2人はレースを続行した。 あきらめずに完走した2人がゴール後に抱き合って互いをたたえた姿は世界中に感動の輪を広げた。

ハンブリンは「最初は何が起きたのか分からなかった。その後、肩に手を添えられて、これは五輪だからゴールしなきゃ、と言われた。これこそが五輪精神そのものだと思った」と語った。

 

2. 男子体操総合2位 ベルシャエフ選手のコメント

世界大会8連覇の内村に対し、海外メディアから 「あなたは審判に好かれているんじゃないですか?」という質問がでた。 内村は「まったくそんなことは思ってない。 みなさん公平にジャッジをしてもらっている」と答えた。 この質問に対し僅差で銀メダルになったベルニャエフは 「審判も個人のフィーリングは持っているだろうが、スコアに対してはフェアで神聖なもの。 航平さんはキャリアの中でいつも高い得点をとっている。それは無駄な質問だ」と心の深さを示した。 

 

3. 難民選手10名の参加と国旗に変わる救命胴衣を思わせる色使いの旗

2020年に向けて 【同時通訳可能な翻訳アプリVoiceTra】

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)が提供している多言語音声翻訳アプリ「VoiceTra(ボイストラ)」が注目されている。 新バージョンでは29ヶ国語以上の文字翻訳・15カ国語以上の音声出力対応を行えるようになり、東京五輪に向けて話題になっている。 台湾華語、ウルドゥ語、ラーオ語等の文字翻訳にも対応するほか、ポルトガル語はブラジル方言にも対応するなど、きめ細やかな言語対応が行われていて、2020年までには、より精度の高いバージョンアップが行われる予定で、今から楽しみだ。 

「VoiceTra」はGooglePlayやAppStoreで無料ダウンロードできるので、早速体験してみた。  日本中の英知を集めて東京五輪を成功させて欲しい。 

2016年9月 「2025年問題」

ジャーナリストの池上彰さんが、東京工業大学の先生たちから「生命科学」の授業を受け、久しぶりに学生の気分で勉強したという記事に刺激され「文系のための生命科学」という本を読んだ。

「生命科学はどのように誕生したか」、「遺伝子、DNA」、「脳はどこまでわかったか」や認知症、がん、感染や免疫、生命理論まで論じられて興味深く、学生に戻ったような時を過ごした。

 

メディアでは最近、団塊の世代が75歳以上になる「2025年問題」が取り上げられることが多い。 介護保険制度がH12年4月に始まり、私が「介護情報の公表制度」の調査員や「外部評価」調査員を始めてから、すでに10年が経った。 実際に現場に行くと、職員不足や認知症、看取りの問題など社会の縮図を見ているようで考えさせられることが多い。

 

多くの人は住み慣れた地域で暮らし続け最期を迎えたいと願っている。 国は医療、介護、生活支援を地域に根差して提供する「地域包括ケア」の整備を進め、団塊の世代が75歳以上になる2025年までには国中に広めるという目標を掲げているが、果たして順調に進むのだろうか。

2025年には5人に1人が75歳となる超高齢者社会が待ったなしで到来するなか、医療や介護の費用で社会保障制度が行き詰まることも懸念されている。 住み慣れた地域で暮らし続けたいという思いはかなうのだろうか。

 

介護や医療に頼らないように運動や食生活の改善をし、予防に力を入れ「健康寿命」を延ばそうという運動も始められている。 高齢者が生き生きと暮らすには、誰かほかの人の役に立っているという自覚が大切で、これは認知症の人にとっても症状の改善に有効だという。 昨日のNHKテレビ「ためしてガッテン」では「瞑想」を取り上げていた。 瞑想をすると、海馬にシータ波が現れ、認知症予防にも大変有効だという科学的根拠が示されていた。 実際に試した後は、意識がクリアーになった気がする。「模型作りなど一つのことに意識を向ける」「自分の好きな人が幸福になることを願う」と、シータ波が増えるのだそうだ。 これはなら、お金もかからず私にも簡単にできる素晴らしい方法だ。 

 

窓を開けるとキンモクセイの香りが風に乗って運ばれてくる。 小さなお庭の小さな巨峰は、無農薬・無消毒のため今年は不作だったが、わずかに実をつけた、秋は着実に訪れている。

2016年10月 「二人の貴人」

10月13日にタイのプミポン国王が、そして27日には三笠宮さまが崩御された。

 

「プミポン国王」
病気療養中だったタイのプミポン・アドゥンヤデート国王(ラマ9世)が13日午後、88歳でなくなられた。 国民から絶大な支持と尊敬を集め、時に政治混乱に直接介入して事態を収拾するなどタイ社会の安定の要として存在感を発揮した国王は、在位70年4カ月で現役の国家元首で最長の国王だった。 2007年から入退院を繰り返していたことは知っていたが、タイからの悲報に驚くとともに、悲しみに打ちひしがれるタイの友人たちの顔が目に浮かんだ。

私たち家族がタイに在住したのは1989年からの2年8か月と短かったが、人々の国王に対する敬愛の念は日常の様々な場面から実感することができた。 国王のことが話題になると、人々は眼を輝かせ誇らしげな表情を見せていた。 

 

国王の功績は政変時の調停役にとどまらない。 「王室プロジェクト」と呼ばれる地方経済の活性化プロジェクトをはじめ、そのプロジェクトを自ら指導し、王室の土地を提供し、農村開発など様々なプロジェクトを推進した。 地方視察で人々に親しく接する様子は毎日のようにメディアで取り上げられた。 

趣味も多様で写真やジャズを愛し、地方視察時にはカメラを手にする国王の姿がよく見受けられた。 入院されると病院の周りには健康と長寿を意味する色であるピンク色の服を着た人々があつまり、国王の病気平癒を祈り続けたという。 

11月にはタイの友人が来日し、一緒に和歌山(高野山)の紅葉を楽しむ予定だったが、喪に服するため急きょ中止になった。 その友人からは国王陛下を悼む動画が毎日のようにlineで送られてきている。

 

「三笠宮さま」
三笠宮さまは27日100歳でその生涯を閉じられた。 訃報を伝える新聞から宮さまの100年間の歩みを改めて知ることになった。 三笠宮さまは5歳ごろから多くの童謡を作られ、とくに有名なのは7歳のときの「ツキヨノソラヲ ガントビテ ミヤクン ゴテンデ ソレミテル」で、当時の国民に広く知られたのだそうだ。

 

 新聞社説より

1943年、皇族であることを秘し陸軍参謀として中国・南京に赴任された経験を持つ。そこで「聖戦」の掛け声のもと、旧日本軍による残虐行為があったのを知った。これが、その後の活動やご発言の原点となった。
戦後は「私個人はシヴィリアン(市民)として、新生命を開拓する」と決意し、自ら「歴史学究の徒」として歩まれた。

 大学で中近東の古代史を学ばれ、教壇に立って学生に講義したほか、テレビ番組にも出演、海外の発掘調査も視察した。「オリエントの宮様」と敬慕され、学術の国際交流に貢献した。戦後の皇族のあり方の範を示されたといってよく、国民と皇室の距離を縮めた功績は極めて大きい。

 

 学生時代のこと
教壇に立つ先生の講義を拝聴したことはないが、学生時代所属していたクワイヤの野尻湖キャンプに参加してくださったことがあった。 解散後、中央線の電車で隣り合わせになったとき、運転手付きの車ではなく電車で移動されるのに驚き 「先生も電車にお乗りになるのですか」 とお尋ねしたことがあった。 その時の会話に気さくなお人柄を感じ、なんとも不思議な嬉しさに包まれた。 この度の悲報に接し、そんな些細な出来事も昨日のことのように懐かしく思い出されてくる。

2016年11月 「11月の出来事」

今朝、リビングの窓に野バトがドスンとぶつかった。 窓ガラスに映る木々や空の景色を実像と間違えたらしい。 ガラスに小さな羽毛がついていたから相当の衝撃だったのだろう。 しばらくじっと動かずうずくまっていたのを見て、なんとか驚ろかさずに保護する方法はないものか、と思案した。  初めは目をパタパタさせていたが10分ほどするとゆるゆると動き出した。 歩き出したことにひとまず安心し、部屋の中から様子を見ることにした。 それから30分ほど経っただろうか・・突然・・飛び立った!! 思わず、元気になった!!と喜んだが、なんと近くに天敵のカラスが来ていたのだ。 平和の象徴のハトがガラス窓にぶつかり、カラスにおびえながら飛び去るなんて・・あのハトは大丈夫だっただろうか。 なんだか昨今の世の中を映しているような出来事に思えてきた。

 

11月は世界中を巻き込んだニュースが駆け巡った。
9日、米大統領選で共和党のドナルド・トランプが民主党のヒラリー・クリントンとの接戦を制して当選した。 米国民が抱いていた政治に対する長い閉塞感が、公職歴も軍歴も無いアウトサイダーのトランプを選ぶ結果になった。

かつてニクソン大統領、フォード大統領時代に国務長官を務めていたヘンリー・キッシンジャーは「すべての国は自分自身の国益を理解したうえで、その外交を論じなければならない。新孤立主義は外交政策を知らない人たちの間で流行するロマンチックなファンタジーにすぎない。」と語っている。 

英オックスフォード大出版局では「今年の英単語」に "post-truth" (ポスト真実)を選んだ。 これは「世論の形成において、客観的事実が、感情や個人的な信念への訴えかけよりも影響力に欠けている状況」を指す言葉であり、英国のEU離脱や米大統領選を背景に使用頻度が昨年の20倍に増えたそうだ。
世界はどこへ向かっていくのだろうか。

 

22日、東日本大地震の(福島県沖)余震とみられるマグニチュード7.4の地震が起こった。
24日、関東地方で54年ぶりの初雪を観察した。

26日、韓国の朴槿恵大統領に対する抗議デモが拡大した。 大統領の友人、崔順実の国政介入疑惑を巡って朴氏の退陣を求める大規模な抗議集会が韓国全土で開かれ、ソウルでは5週連続でデモが行われた。 主催者発表で150万人が参加し、1987年の民主化以降で過去最大の規模となっている。

韓国の国会では、弾劾案可決に必要な賛成票が200を超えると予想されている。 世論調査会社が25日発表した朴大統領の支持率は4%、不支持率は93%と、いずれも過去最悪を更新したそうだ。

 

迷い込み傷ついたハトが癒されますように!!人々に与えられた試練が乗り切れますように!!と願う年の瀬である。

2016年12月 「クリスマスに思う」

夏の終わりに息子のロンドン赴任が決まり、先発隊の息子は10月1日に慌ただしく羽田を出発した。そして12月17日には、嫁と1歳8か月になる孫が12時間の長旅に飛び立った。 空港では、旅立ちへの華やいだ気分と別れの寂しさが交差して、なんだか落ち着かない。

 

そんな気持ちを引きずったまま、母校のチャペルで行われたクリスマスコンサートに出かけた。 カンターテドミノ牟礼のクリスマスコンサートは、今年が20周年目にあたり、アンサンブルに神奈川フィル管弦楽団のメンバーを加えた素晴らしいものだった。

クリスマスキャロルの演奏は、ざわついていた空気を一瞬にして厳かな雰囲気に変えた。 次に 「Peace of God 」 などJohn Rutterの作品が演奏されたが、それらの曲はすがすがしく慈愛に満ちていた。

 

 

John Rutterはイギリスを代表する宗教音楽家である。 ウェストミンスター寺院で執り行われたウイリアム王子とキャサリン妃の結婚式で指揮を執ったことでも知られているが、東日本大震災で大きな被害を受けた東北地方のために合唱曲 「A Flower Remembered」 を書き下ろした。 「再生と希望に終わりはなく、永遠だ」 という思いで書かれたこの曲は、一度聴いたら深く心に残る鎮魂歌だ。

「A Flower Remembered」歌詞

思い出の あの花は 鮮やかに心に 
歌うように 匂い立つように 
枯れることなく 咲き続ける

繰り返し こだまする 幾千のささやき 
忘れないで そばにいて 
その胸に いつまでも いつまでも

  https://www.youtube.com/watch?v=Z8RqINkiYSA

いつも不思議に思う。
クリスチャンでない私は、漱石や和辻哲郎の日本的な宗教観に共感する一方、喜びや苦しみを大きく包み込む、宗教音楽に心を揺さぶられている。 文学もしかりである。


先日、ある研修で 「好きな曲は何ですか?」 と聞かれた。 一番初めに浮かんだのは、大好きなコブクロやいきものがたりの曲ではなく、フィンランディアの 「安かれわが心よ」 ・・・だった。