2009年1月 「独楽吟

先週テニス仲間のご主人が急に亡くなった。 お酒を飲んだ後温泉に入りいつの間にか意識がなくなり、他の人には眠っているのかと思われ、異変に気づかれないまま亡くなってしまったという。 あんなに元気で若かったのにあまりにも悲しい。

 

「博士の愛した数式」がTVで再放送されていた。 [人生は直線ではなくその一部分を切り取った線分で、大切なことは目には見えず心にしか見えない」の台詞に深く共感した。 そして「人はなぜ生きているのか」という永遠のテーマを改めて考えさせられた。

「誰を愛し 誰に愛され 何をして人に感謝されたか」がその人の人生だという。 限りある人生「よかった探し」をするのもいいだろう。 「たのしみは・・」で始まり 「・・とき」で締めくくる和歌の連作を「独楽吟」というらしい。 短歌など作ったことがない私には難しいがますはチャレンジしてみよう。 

「たのしみは ふと寄り道し 路地裏に 春の景色の 花を見しとき」
「たのしみは 年の初めに つどいたる 皆の笑顔に 希望見しとき」

2009年2月 「悩む力」

姜 尚中(カン・サンジュン)による著書。 漱石やウェーバーが生きた19世紀末~20世紀と私たちが生きている現代とがいろいろな意味で似通っているという。 長期不況と各地での内乱などの社会現象や引きこもりとなり、社会に適合しない人が多いのも共通だという。 昔読んだ漱石の「こころ」や芥川龍之介の「ある阿呆の一生」を思い出し、時代を超えた共通認識を感じる。

 

在日として心に重荷を背負いながら青春時代を過ごした姜さんの社会や人を見る目は鋭く冷静だ。 「信じる者は救われるのか」への問いかけに・・「なにかを信じるのではなく自分を信じる」そして「確信するまで悩む」ことだという答えは現代日本人の心情に合うものだと思う。 老いて最強を目指し「一身にして二生を生きる」という人生にエールを送りたい。

 

さて、そんな私はどうだろう。 力強く生きることはなかなか無理だが・・一念発起30年ぶりに書道を始めるにあたり雅号印を作った。 今は亡き父が中国で購入した紫檀の箱入りで細かい彫刻の施された端渓の硯に向かい、昔鳩居堂で買った墨を磨ると・・想像もしていなかったことだが、不思議なエネルギーが沸いてくる。

2009年3月 「WBC」

WBCでの日本の優勝は、暗く不景気なニュースばかりの日本に久々に明るい話題を届けてくれた。 決勝の行われた24日は、ライバル韓国との5度目の対戦になり手に汗握る試合展開になった。リーダーのイチローはなかなか調子が出ず、打率もなかなか上がらない。 サムライ日本と銘打って試合に望
む選手たちにはプレッシャーも相当なものだったに違いない。 そんな中で脇役の内川(ベイ)や青木(ヤクルト)選手が大活躍をした。

「僕が出塁すれば暗いムードも変わると思った」と言う内川はドラフト1位で入団したにもかかわらず、マイナス思考が強く試合に出たい半面出るのが怖かったという気の弱い選手だった。そんな選手が週一回のサイコセラピーを受けて徐々に変わっていったという。 WBCにもセラピストを帯同し毎試合後面接、しシャンパンファイトの後も思考の確認作業をしたそうだ。 

 

イチローが不調にかかわらず優勝できたことについての新聞の分析も面白い。 シャチの世界でもリーダーが不調の時、サポートするエコタイプが現れ組織防衛をするという。 不信のイチローを使い続けた原監督もすぐれた指導者として選手の信頼を得たのだろう。  

明るく 心躍る 話題に感謝!!

2009年4月 「つぼみ そして 桜」

今年の桜は色も美しく長く楽しむことができ、なんだか得をしたような気分だった。 

実家には樹齢70年になる八重桜がある。 幹の真ん中にポッカリ大きな空洞ができ、アリの巣になってしまっていたのを樹木医さんに再生をお願いした。幅の広い包帯でグルグル巻きにされタールを塗られ痛々しいが、残った枝に毎年美しい花を咲かせてくれる。 子供の頃、日ごとに膨らむつぼみをわくわくしながら待ち、咲いてしまうと散る時が来るさみしさを予感し、複雑な思いで眺めていたのを思い出す。

 

私が中学の時のニックネームは《つぼみちゃん》   ある日仲良し五人が集まりお花の名前のニックネームをつけることになった。 ゆりちゃん ばらちゃん ぼたんちゃん お菊(苗字が菊島)・・・次々に決まっていく・・・。そして私、「そうねえ・・お花ねえ・・何だろう?? う~~~ん」と なかなか決まらない。 「そうだ!!つぼみがいいんじゃない!!」 [ええ!! なんでつぼみ」という私を尻目に 「つぼみがぴったり!! これしかない!!」と決まってしまった。

 

でも実際に呼び合ううち呼びやすかったのか、最後までニックネームが残ったのは《お菊》と《つぼみちゃん》。 その頃には私の中でも《つぼみちゃん》もなじんでいた。2007年コブクロの「蕾」がレコード大賞を受賞した。 亡くなったお母さんを想って作った曲は心にジーンと響き、大事な人の大切さをあらためて感じさせてくれた。 《つぼみ》がレコ大!! なんだか◎で嬉しかった。

4月は花嵐の風も吹くけれど4月生まれの私はこの季節を楽しみたい。 雅号は『桜碧』と決めた。

2009年5月 「白い紙」

最近の日本語は乱れ、書き言葉としての存在が危惧されているとも言われている。 ところが今、日本語を母語としない人達の文学賞受賞が話題になっている。 昨年中国の楊逸の「時が滲む朝」が芥川賞に輝いたのに続き、今年はイランのシリン・ネザマフィの「白い紙」が文学界新人賞を受賞した。

「白い紙」はイランイラク戦争時のイランの小さな町を舞台に少年少女の淡い恋を描いているが、日本語の文章力も素晴らしく、その国の人にしか描くことのできないテーマに新鮮さを感じた。 

 

ドイツ生まれのステファノ・フォン・ローによる「小さいっが消えた日」も日本語を分析していて面白い。 これは、小さい“っ”が、大切な存在じゃないと言われて、数日消えてしまった話。 裁判所で「訴えますか」と言おうとしても「歌えますか」になったり、「失態」が「死体」になったり・・・五十音村は大混乱。 音がないから必要が無いと思える小さな“っ”。 でも、実は他の文字と同じぐらい大切で、一度無くしたらそれがいかに大事だったか気づくというお話。


外国の人に日本語を教えていると・・日ごろ気づかない日本語のことや日本文化のことを改めて考えさせられる。 

2009年6月 「ヒット商品」

 日経新聞から今年上期のヒット商品が発表された。 上位はインサイト(ホンダ)&プリウス(トヨタ)そして若い人たちから支持されたファストファッションだった。 環境にやさしいエコカーや流行のおしゃれを手軽に楽しめるファストファッションが人気を集めた。  

 

Co2を出さないエコカーとして7月1日に販売される三菱の電気自動車「i-MiEV」も注目を集めているが、昨夜の「プロジェクトX」で紹介された水素燃料自動車は究極のエコカーと呼ばれている。 水素を燃料にして生み出された電気でモーターを回して走る燃料電池車が排出するのは水だけ。 ただ、そんな夢のような車も開発費に莫大な費用がかかり、一般に普及するのはまだまだ先の話のようだ。

 

北欧のデザインや色づかいは家具をはじめとして雑貨に至るまで、洗練されたクールなイメージで素晴らしい。昨年9月にスウェーデンのファストファッション「H&M」が日本初上陸し話題になった。 その第一号の銀座店での行列は、オープンから一週間を過ぎても最後尾がどこだかわからない長蛇の列だった。 たまたま通りかかっただけだったが、押し寄せる人の波に圧倒されてしまった。 長時間並んだゆえの無駄買いもあると思うが、若い人を中心に人気はしばらく続くのだろう。

 

最近、デパートや商店で不要になった服や靴を店に持ち込む「下取りセール」がよく見かけられるようになった。自分で出来る物は自分で作ろうとする「手作り志向」や物を直して使う「修繕志向」も急速に高まっているという。あちこちに無駄が眠っている我が家もまずは見直しが必要だろう。

2009年7月 「宇宙の不思議」

「あなたの空には月がいくつ浮かんでいますか?」と問いかける村上春樹の「1Q84」が話題となり、皆既月食を見られるのは日本の陸地では46年ぶりとなる7月22日には、日ごろ空を見上げることの少ない人たちも大いに盛り上がっていた。

 

昔、ホーキング博士が「全宇宙は球体のような小宇宙がチューブのようなものでつながっている」と言っているのを読み、そのような発想そのものが宇宙人的だと驚かされたものだった。 肉眼で見ることのできない『果てしなく膨張を続ける宇宙』は、いくらどのように説明されてもつかみどころのないものだ。 

「1Q84」のなかに「分からない人にはいくら説明しても分からない」というセリフがたびたびでてくるが、人知をはるかに超える皆既月食の天体ショーをTVで見たのをきっかけに、宇宙の入門書に挑戦してみることにした。

 

まず、国立天文台の渡部潤一による「ガリレオがとらえた宇宙のとびら」 そしてホーキング博士と娘のルーシー・ホーキングが子供のために書いた冒険物語「宇宙への扉への鍵」と「宇宙に秘められた謎」。 環境保護の活動家である両親を持つ少年ジョージが、隣人の物理学者とその娘そして宇宙の入口になる世界一パワフルなコンピューターの力を借り宇宙への疑問を少しずつ解明していく。

 

入門書をひもとくうちに「分けのわからない人にとっての小さな一歩」が始まった思いがする。 知りたいという心の扉を開いておけば、僅かではあっても宇宙の不思議と壮大な闇の世界に思いをはせることはできるのではないだろうか。 

2009年8月 「最後の一輪」

今、我が家には昨年の12月からずーと咲き続けている胡蝶蘭の「らんちゃん」がいる。もの静かなたたずまいのまま咲き続け、最後の一輪になった「らんちゃん」を見ていると、オーヘンリーの「最後の一葉」を思い出し、ドラマチックな気分になる。美しく清楚に咲き続けるさまは奇跡のようだ。

 

団塊の世代も還暦を迎え世の中は高齢化社会へ突き進み、介護や最後の弔いのことなどが話題になることが
多い。両親や自分の介護をどうするのか、人生の最後をどのようにして迎えるのか、などの問題が毎日のように
報じられ映画にもなっている。 エンディングノートではないが、もしもの時に家族が困らないよう、年初めから書き始めた10年日記の後ろに、最低限の事を書き記している。長生きは望まないが、最後は「自分らしく逝きたい」と願う。 「らんちゃん」を見ているとそのすがすがしさに心を打たれる。 人生かくありたいものである。 

2009年9月 「最高のプレゼント」

9月6日(日)白金台の八芳園で娘の結婚式が執り行われた。 お天気にも恵まれ「四方八方どこを見ても美しい」ことに由来して名づけられた庭園は、この日はいっそう華やいで見えた。

留袖に身を包みウエディング姿の娘を見るといろいろな思いがこみ上げてくる。 新郎にも周りの人たちにも笑みがあふれている。 いざ、宴の始まり。 花嫁の父を演じる夫の腕に手を回した花嫁は輝くように美しい。 タンタタターン タンタタターン・・・・。 指輪交換 宣誓 花嫁の母にしてくれたことに感謝感謝 本当にありがとう。

 

乾杯 ケーキカット そしてスピーチと続く。 なんだかドラマを見ているような気持ちになってくる。そして小学校時代からの友人のスピーチが始まった。 「『彼女は彼のドラえもんになる』と言っています」 しずかちゃんではなくドラえもんというのが娘らしい。 なんて素敵な言葉だろう!! ドラえもんは、のび太が苦境に立った時、あらゆる知恵と道具を駆使して助けるのだから、そしてなにより無二の親友なのだから。

 

最後、両親への感謝の言葉とともに、夫には真っ赤な花束、そして私には、一緒に旅した冬のローテンブルグ(独)の街並みを描いた油絵が送られた。 あまりにも嬉しいサプライズに声がない。 あなたの心がしみじみとうれしい。 友人たちは娘を嫁がせるのは寂しいというけれど、私は息子が増えたようで嬉しい。 これからの二人には 幸多く実り豊かな人生を 歩んで欲しい。

          To appear great is not important, but important is to Be really great.
             Very well, then, let us do our best to respond to the Fates waiting for us.

2009年10月 「豊かさ」

 世間では消費が低迷し、デフレの傾向がみられる。 昔は高価な物を買うことが豊かさの象徴だったが、物を持たず人と人との繋がりを楽しみ、環境に配慮した生活が好まれるようになった。 カーシェアリングが支持され、近くのデパートにもユニクロがオープンし賑わっている。 物を持つことから使うことへと価値が変化してきた。

 

タイにいた頃、タイ人の運転手から「恋人と喧嘩をしたけど、仲直りするにはどうしたらいいだろう」と相談された事があった。 「一輪でもいいから お花をプレゼントしたらいい」と即座に答えた。 バラ さくら すみれ コスモス そして名もない野の花 ・・・ 花にも色々あるが、一輪の中に小宇宙が完成され、それぞれが何と細やかで美しいのだろう。何も見返りを求めないから、かくも潔く美しいのだろう。

 

先日、TVがポーランドのワルシャワの街角を映していた。 街にはあちこちに花屋のスタンドがあり、道端には自宅で丹精込め育てた花を売る女性の姿も見られた。 冬の長いポーランドでは人々は春の訪れを心待ちにしている。 お誕生日やお祝い事のみならずあらゆる機会にお花を贈る習慣がある。 そして、いつでもお花を買えるよう24時間オープンしてる花屋もあるという。 街角にはバラ一輪 ヒマワリ一本を持った人、花束を嬉しそうに抱えた人々がみられた。 お花の持つパワーは素晴らしい。 人は一輪のお花で癒され心豊かになるのだろう。

2009年11月 「脳波」

 「頭で考えるだけで 機械を動かす事が出来る」というニュースを聞き、クリントイーストウッドが主演した昔の映画 「ファイヤーフォックス」を思い出した。 元CIAで特殊訓練を受けたパイロットが、ソ連の開発したレーダーに機影を残さない戦闘機を奪い取るというもの。 その飛行機は、思考誘導(強く念ずる)だけでミサイルを放てるというものだった。

 

車いすを、手足を動かすことなくイメージで制御するという実験が行われている。 以前、眼球のかすかな動きでパソコンを操作できるという技術に驚いたが、「前進。 左、右へ行く。」というような脳の信号をとらえ、脳波を分析し車いすを動かすのだという。 筋肉や身体の動きに頼らず、脳の信号だけで人が機械を操る事が出来るようになるという。このような先端技術が医療や介護に活かせ、長生きをすればその恩恵に浴する日が来るかもしれない。 しかし、心の中で考えるだけで相手に思いが伝わる・・・ようなことは・・・ちと、困る。 人と人との繋がりはミステリアスでありたいものだ。

2009年12月 「おまじない」

物事の感じ方はその人の心次第というが、本当にそうだ。 幸せな時、心はバラ色に感じ軽くなり、悲し時はグレーに感じ重く沈む。 このように気分次第で物の見え方が変わるのは、錯覚の一つだという。 それは視覚・聴覚・触覚など五感に及ぶ。

 

今年は情報公表の仕事が11月からのスタートになった。 昨年までは二人一組で行っていたが、今年からは一人調査になり・・なんだか不安になった。 緊張の初仕事の朝、高校時代からのおまじないの言葉を思い出し、心がす~っと軽くなった。

Earth ! Someone From the Earth !!」 これは高校の文化祭で英語劇「ジャックと豆の木」を演じた時の私の初台詞。 チビの私の役どころは雲の上に住む巨人の妻。 そしてこれは、地上から雲の上まで伸びた豆の木を登って来るジャックを見つけて驚き、発する言葉だ。舞台袖で出番を待っている間、あんなにドキドキしていたのに、いざこの言葉を発してからは、落ち着きを取り戻すことができた。 それ以来、この台詞が私のおまじないの言葉になった。

 

人が危機に直面しとっさに必要な行動をとる時、そんな折も錯覚が関係することがあるという。 医療や介護など様々な分野でも錯覚を活かすことが出来るだろう。 おまじない 「Earth! Someone From the Earth !! 」をつぶやくと、心が落ち着き何かが始まる予感がしてくる。