2017年1月 「ビットコインと進化」

元旦の新聞に「破壊と創造の500年」という特集記事があった。
イギリスがEUを離脱し、アメリカではトランプ大統領が誕生した。 これから世界はどこに向かうのかと不安になる中、過去への振り返りと未来を見据える記事が続いた。

この500年は、コロンブスの大航海時代から始まり、ワットらによる第1次産業革命、フォードやエジソンによる第2次産業革命と明治維新、スティーブン・ジョブスやビル・ビルゲイツ、ザッカー-バーグらによるデジタル第3次革命を経て第4次革命へとつながっていく。

 

21日にアメリカ大統領に就任したトランプは人事から外交まで重要な政策はツイッターで発信し、記者会見を嫌う。 外交問題ですらツイートし、その情報は瞬く間に世界中に広がっていく。 ニュースは広くネット上で発信されているが、偽情報も氾濫している。 国家間の意図的な情報操作もある一方、小遣い稼ぎの若者がツイッターの広告料を目当てにセンセーショナルなデマ情報を流している。 個人の情報選択能力が問われ、うかうかしていられない。


人工知能やIoTがもたらす第4次産業革命によって、未来はどうなるのだろうか。 かつての製造業は、安い人件費の国を求めては彷徨っていたが、産業用ロボットやIoTの活用で、日本が得意とするモノづくりの現場にも新しい波が押し寄せている。

先日、ビットコインの記事を読み驚いた。 「ビットコイン VS 銀行 22世紀のカタチ そこに」という記事である。 三菱UFJフィナンシャル・グループが今年度中にも、独自の仮想通貨「MUFGコイン」を発行するという。 ギリシャでは、政府も中央銀行も信頼が薄らぎ、金融資産の2割をビットコインが占めるという。 米のバンク・オブ・アメリカでは「グローバルに金融業から2500万人分の職が消える」として「大量失業時代」の到来を予測している。 

 

人が人類として進化したのは認知機能であり、貨幣と言語の起源は人類の認知機能の進化だといわれている。 人類進化論的に言うならば、目に見えない仮想通貨のビットコインは、ますます広まっていくことになる。 初期のビットコインをめぐるトラブルをみて、仮想通貨なんてそのうち消えてなくのではと思っていたが、10年先にはどうなっているのだろう。

お正月の箱根駅伝をインターネット無料サービスの「スカイプ」を使って、ロンドンの息子家族に生中継した。 走るという究極のアナログを、離れたロンドンにリアルタイムで中継できるなんて、やはり技術進化の賜物である。

2017年2月 「唐招提寺の障壁画」

唐招提寺御影堂の障壁画は、東山魁夷が10年もの歳月をかけて完成させた集大成の大作である。 通常は非公開とされているが、御影堂修理のため唐招提寺を離れ、その全68面を茨城県立美術館で見ることができた。

 

障壁画制作の第一期は、日本の風景を現した「山雲」「濤声」の2作品で、第二期は、鑑真の故郷である中国の風景を描いた「揚州薫風」「桂林月宵」「黄山暁雲」の3作品である。 唐招提寺にある襖のように立体的に展示されているのがうれしい。

「山雲(さんうん)」は、山のふもとから沸き立つ霧に無音の音を感じ、壁一面が海と化した「濤声(とうせい)」からは、寄せる波の音を聴くことができた。 無音の音も波の音も心静かに聴く音である。 これらの作品は美しい青、深い青で描かれている。 

 

中国の風景の「揚州薫風(ようしゅうくんぷう)」「黄山暁雲(こうざんぎょううん)」「桂林月宵(けいりんげっしょう)」は、墨一色で描かれているにもかかわらず、見る者を圧倒する。 画を眺めながら鑑真和尚を想う内に、井上靖の小説「天平の甍」を思い出した。  視力を奪われ何度失敗しても揺るがない、和尚の決意が絵に重なってくる。

その他、東山魁夷が日本各地や中国で描いたスケッチや下図、試作品など障壁画の制作過程がわかる資料45点も展示されていて、興味深く観て回ることができた。 帰路、隣接する日本三大庭園の一つである偕楽園に立ち寄った。 梅まつりの行われる前日の庭園の梅は、5分咲きから7分咲きで、凛とした木々の佇まいと潔い香りを楽しむことができた。

2017年3月 「クマムシと宇宙」

NHKの「あさイチ」で慶應義塾大学 先端生命科学研究所の講師でクマムシ博士の堀川大樹さんが、地上最強の小さな生物クマムシを紹介した。 クマムシは、カラカラに乾燥させると放射線をあびても水をかかれば生き返るという。 研究を続けることで「水をかければ生き返るエビが作れるのでは」の発言に驚かされた。

クマムシは、空気や餌や水がなくても、150度以上またはマイナス150度以下の温度でも生き延び、真空の環境でも卵を孵化することができるという。 まさに、地球上最強の生物といわれている所以である。

 

クマムシ博士の話が面白い:

・クマムシと宇宙生物学の関わりで将来できればいいなと思うことは、惑星間飛行の検証です。 パンスペルミア説(生命は宇宙からやってきたとする説)などもありますが、生命体が惑星から惑星へ果たしてたどり着けるのかを検証してみたい。 海に小瓶を浮かべるように、クマムシをいっぱい打ち上げて、ほかの惑星に生きてたどり着けるかどうか。

・人間がクマムシの能力を身に付けられれば、ゆくゆくは太陽系のほかの惑星へ有人で行けるかもしれません。 さらに将来には太陽系の外の惑星、50光年、100光年先の星にいくことだってできるかもしれない。 乾眠状態ではるか遠い星まで移動して、着く直前になったらお湯で戻って・・・という段階にいずれは入っていくことになると思います。 1000年後か2000年後かわからないですけれど。

 

2月には米航空宇宙局(NASA)が、地球と同じくらいの大きさの太陽系外惑星を一度に7つも見つけたと発表した。 そのうち3つの惑星は地球と同じように海が存在する可能性があるという。 今回は数の多さだけでなく、近い将来に実際に惑星に水が存在するかを観測で示せる可能性が高まっていて期待が膨らむ。 地球は特別な惑星ではなく、ありふれた存在なのだろうか。

これまでに太陽系外惑星は3500以上発見されたが、未発見の惑星も、まだたくさんあると考えられている。  宇宙科学の発達により、人々は地球以外での居住可能な惑星を捜したり、宇宙全域で生命体との出会いを求めたりするようになった。 

クマムシと宇宙、世の中知らないことばかり・・・で・・・面白い。 

2017年4月 「風林火山」

娘からの宿題であった書 「風林火山」 を4月の誕生日に書きあげた。 筆を持つのは40〜50年ぶりのことである。  話は娘の結婚式にさかのぼる。 華やいだ式の終わりが近づいた時、娘からドイツのローテンブルグを描いた油絵がプレゼントされた。 「旅費の代わりに旅の絵を描いてね」 と依頼していた絵ではあったが、突然渡された絵に感激したのは6年前のことである。

そして今年、その絵のお返しとして 「武田信玄」 の武者兜と一緒に飾る 「風林火山」 を書いてほしいと頼まれた。 はるか昔に親しんだ書は、老後の楽しみにと、心に秘めていたものの一つである。 突然の申し出に慌て、果たして娘の希望に答えられるものが書けるだろうか 「う〜む〜」 と唸った。 

 

硯と墨は親から譲られたたいそう立派なものがある。 さて筆はどうだろうかと探し出すと、年季の入ったものの他は児童用の筆しか見つからない。  まずは、筆を探しに出かけた。 数百円のものから数万円のものまである。 ここにきてもまた 「う〜む〜」である。  

毛が柔軟かつ耐久性に優れているという山羊の毛、まとまりがよく細い毛先で弾力が良いイタチの毛、そして京都嵯峨野の竹で作られたという竹筆を購入した。 竹筆はお試しにと安物を買ってしまったため、途中で先割れして使えなくなってしまった。 残念!! 

 

目を閉じ 「風林火山」 をイメージしてみる。 激しく壮大である。

「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」の句は、『孫子』・軍争篇第七で、軍隊の進退について書いた部分にある文章を、部分的に引用したものである。
「故其疾如風、其徐如林、侵掠如火、難知如陰、不動如山、動如雷霆。」

其の疾きこと風の如く、其の徐(しず)かなること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、知りがたきこと陰の如く、動かざること山の如く、動くこと雷霆(らいてい)の如し

「風」 疾風を感じるように
「林」 凛と
「火」 燃え盛る火のように 
「山」 堂々と

書きたい・・・が・・・

心静かに目を閉じ墨を擦ると 昔の自分がよみがえってくる。
心を一点に集中して 真っ白な紙に筆を下す。 
後戻りできない 潔さが心地よい。
書き終わり ふーっと 息をつく。

2017年5月 「タイ料理」

5月11日 錦糸町のタイ教育文化センターで Thai Cuisine to Global Market 「タイ料理を世界市場に」 という名のタイ料理講習会が行われた。 大使館の友人から進められて申し込んだ講習会だったが、タイ教育文化センター、カセサート大学、バンコク大学らの研究者が中心になって作られたタイ料理普及のプロジェクトだった。

パンフレットには:
タイ国家学術調査委員会が「タイ料理を世界市場に」のプロジェクトに関する研究の一環として、研究から得られる有益な情報の普及や反映を目的に日本の方々にタイ料理の調理講習を行います・・・とある。

普及のための講習は無料で、3コースの各20名は厳選な抽選で選んだとのことだった。 受講者にはタイ料理店のコックさん、キッチンカーでタイ料理を提供している人、北鎌倉でかっぽう茶屋をやっている人など顔ぶれは多彩だ。 大きなフライパンの扱いも違っていて、主婦歴だけは長い私も気後れする。

コースのメニュー

1 ベジミートを使ったマッサマンカレー
  ベジミートは大豆プロテインから作られている。 ベジタリアンフードでハラルフードでもある。
カレー味のためか、あっさりした豚肉の食感がある。
2 ガパオ炒め
  タイ料理一番人気のガパオライスはタイから材料すべてを持参したとあって、これぞ本場の味である。
プリッキーヌーもガパオの葉も冷凍でななく一味違う。
3 ココナッツミルク風味のもち米
  パンダリーフを敷き詰めタイのもち米を蒸して作る。 部屋中に得も言われぬ香りが漂ってくる。

 

講師の手順を見学後、実習・試食に移る。 鼻孔をくすぐるエスニックの香りは、バンコクのレストランにいるようで至福のひと時だ。 その後、新開発のライチから作られた乳酸菌飲料を試飲し、グローバル戦略のDVDを10分ほど観賞してアンケートに答えこの日は終了した。 

このプロジェクトは5月13日14日に代々木公園で行われたタイフェスティバルでも紹介され、講師の一団も参加したブースでは力の入った宣伝活動が行われていた。

毎年5月に代々木公園で行われるタイフェスティバルだが、今年は雨の中のスタートになった。  
どこの街でも食べられるようになったタイ料理だが、1年に1度開催されるフェスティバルでの屋台料理やこの日のためにタイから直送された果物にワクワクする。 今年は日タイ修好130周年の年にあたるが、タイとの良好な関係が末永く続くことを願う。

2017年6月 「いろは歌 謎のメッセージ」

 「活版印刷 三日月堂」星たちの栞を楽しく読んだ。  古びた印刷所 三日月堂が営むのは、昔ながらの活版印刷。 活字を拾い、依頼に応じて一枚一枚手作業で言葉を印刷する。 そんな三日月堂にはいろんな悩みを抱えたお客が訪れ、活字と言葉の温かみによって心が解きほぐされていく・・・

この活字を使って結婚式の招待状を作りたいという雪乃という女性が三日月堂を訪ねる。 しかし、その古びた活字にはひらがなとカタカナしかない。 活版印刷は活字を一つずつ拾って版を組むので、一文字を一回しか使えない。 試行錯誤の結果、ひらがなを一度だけ使い、漢字を加えて素晴らしい招待状を作ることに成功する。

この物語では、すべての字を一字ずつ使い意味のある歌を作る「いろは歌」について触れている。

 


よく知られているのは

  いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ
うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせす

明治時代には もう一つの「いろは歌」がある。

  とりなくこゑす ゆめさませ みよあけわたる ひんかしを
そらいろはえて おきつへに ほふねむれゐぬ もやのうち

  鳥啼く声す 夢覚ませ 見よ開け渡る 東を
空色映えて 沖つ辺に 帆船群れゐぬ 靄の中

 

小説を離れ「いろは歌」を調べてみると、これがなかなか興味深い。 

「いろは歌」は、日本が世界に誇る偉大な宗教家、空海(弘法大師)によって書かれたものであるという伝承を基に、弘法大師が平安時代に書いたものと伝統的に言い伝えられてきました。 超人的な頭脳の持ち主でなければ、「いろは歌」に含まれるような2重、3重の言葉の意味と、パズルのような文字の羅列の組み合わせを、仮名文字を1回のみ使って実現するという、神業のような創作はできないことから、空海た作者だといわれてきました。 しかし最近になって、その伝統的見解を否定し、空海著作説は間違いであったとする学説が多く見受けられるようになり、最近の学説では空海説を否定する見解が主流となっています。

 

例えば「いろは歌」に隠されている暗号文の解読を根拠に、そのメッセージを分析して作者を見出そうとする動きがあります。 7×7の升目に入れた「いろは歌」に含まれている「咎無くて死す」という怨念とも思われる折句から、万葉集の編集者であった柿本人麻呂が候補として浮上します。

これに反し、「いろは歌」の作者が空海であると考えられるもうひとつの大事な理由は、その折句に含まれる宗教観は明らかに大陸文化、およびキリスト教の影響を受けていることです。 当時遣唐使として中国に渡ってネストリウス派のキリスト教を学び、帰国後密教を布教した空海以外、作者として該当する人物は存在しないのです。

 

「いろは歌」を七語調にちなんで7×7の升目にきちんと入れると、「いろは歌」には角3点、および、一番下段の列により形成されるふたつの中心的メッセージが含まれていることに気が付きます。 それは「イエス」、および「トガナクテシス」というキリスト教の影響を受けたとも思える折句です。 そのほかにも、「いろは歌」には多くの折句が含まれており、そこには旧約・新約聖書に書かれているヤーウェーの神、そしてキリストへの信仰告白と理解できる文脈が息吹いているのです!   それ故、「いろは歌」の著者は平安初期当時、まだ日本国には伝わっていなかったはずのキリスト教や、聖書に書かれているメッセージを何らかの理由で知り得た人物に特定することができます。

「いろは歌」が折句を多用した暗号文書であるということは、その作者が当時、何らかの理由で一般的に受け入れられない大切なメッセージを歌の中に隠し入れて後世に残したかった、という理由が考えられます。

 

初めて知る「いろは歌」の暗号文としての解釈はとても興味深い。
俳句を趣味としていた父が、生前独自の「いろは歌」を披露してくれたことがあった。 一字も重なることなく作られたその歌に感動したものの、内容を全く覚えておらず、尋ねることもできない今となっては、とても後悔している。

2017年7月 「ウィンブルドン」

 

6月27日〜7月5日までリバプールからロンドンまでの旅をした。 主な目的はロンドン在住の息子家族を訪ねることとウィンブルドン観戦だったが、今までとはひと味違う思い出深い旅となった。

リバプールでビートルズの足跡を辿り、ウェールズ地方ではポルトカサルテを訪れた。 かつては、年間1万台のボートが石炭を運んだという水路だが、2008年に世界遺産に登録された。 現在も水道橋として利用され、観光客を乗せたナロウ・ボートが運河を行き来している。

 

コッツウォルズ地方ではイギリスで一番美しい村を訪ね、はちみつ色の村では絵本の中に入りこんだピータラビットの心地になり、シッピングノート村では貴族の館に宿泊し、広大なための不便さも体験した。

 

オックスフォードのクライストチャーチでは、ここで学んだ日本人に思いを馳せ、St.メアリー教会の塔の上からは、狭いらせん階段を上った者だけへの贈り物である、オックスフォードの街並を堪能した。 歴史的なストーンヘンジの謎に想いを馳せ、ロンドンでは大英博物館、バッキンガム宮殿での衛兵交代式などなど思い出は尽きない。

 

旅の目的である息子家族宅への訪問とウィンブルドン観戦は、フルスクリーンで夢を観ているような経験をした。

ウィンブルドン観戦は、チケット入手が大変だった。 センターコートやNO1.コートの正規のチケットは1月に抽選が行われ、外れた場合は試合の前々日か前日からテントなどを使って並ばなければならない。 予約席の必要ない5番コート以降を観戦する入場券ですら、始発電車が到着するまでに並ばなければいけないという。 旅行での日程を考えると、夜の開ける前から並ぶ元気があるかどうか疑わしい。 ウィンブルドンの人気に驚きつつも、日本の代理店を通して何とかNO.1コートのチケットを予約することができた。

 

開幕当日、現地のTVでは、早朝から30分ごとにウィンブルドンからの実況中継が入り、会場前のテントや列を映し出しリポーターも興奮気味である。 試合予定をチェックすると、12番コートの第一試合が日比野 菜緒、第二試合が錦織 圭となっている。 その後のNO.1コートではナダルの試合が予定されている。 初日から錦織とナダルの試合を観戦できるなんて、これはラッキーだ。 画面を見ながら「いよいよ始まる!!」とこちらも気合が入り、朝食を済ませいざ出陣!!

 

最寄駅の「サウスフィールズ」駅には10時前に付くが、ウィンブルドンの開場は10:30。 駅から会場までの列にワクワクしながら並ぶ。 皆、なんだかお祭り気分を共有し、不思議な一体感がある。 ゲートでセキュリティーチェックを受け、まずは12番コートを目指し、シートを確保する。 さあいよいよ試合開始。

 第一試合の日比野菜緒は第17シードのマディソン・キーズ(米国)に4-6、2-6で敗れ、残念ながら四大大会初勝利はならなかった。 いよいよ錦織の登場!! 試合まで30分ほど時間があり、ここで小腹を満たすものを買いに出かけたが、10分後に戻ってみると入り口に長蛇の列ができている。 係りの人に、席はキープしてあるので入れてくださいと言うと、12番コートはパブリックシートなので一旦コートを出た人は列に並び直してくださいという。 そんなルールがあることにビックリ!! 何とかならないものかと、とっさに出た言葉が「I’m very sorry. But my parents waiting for me over there!!」・・・係の人は困った顔をしながら・・・なんとか通してくれた。 とっさにそんな言葉が出たことに驚きつつ、席に着くまで何か言われないかとドキドキした。

 

さて、試合が始まった。 大会第9シードで世界ランキング9位の錦織圭は、6-2、6-2、6-0のストレートで世界ランク102位のマルコ・チェッキナート(イタリア)に勝利した。余裕の初戦突破になんだか、感謝 感謝。 しかし、今年は、3回戦でまさかの敗退。 2年連続の4回戦進出ならず残念だった!!

錦織の試合後、NO.1コートに行く、と第一試合のVウィリアムズの試合が雨で送れていたため、ナダルの試合開始に間に合うことができた。 第4シードのナダルはジョン・ミルマンを6-1 6-3 6-2で下して初戦を突破した。 試合時間は1時間46分だが、ナダルの良さが発揮されて気持ちのいい試合だった。

コートを見渡せるレストランで夕食を軽く済ませ、ショップで買い物をしてNO.1コートに戻ってみた。 当日予定の試合は終了していたが、他コートで行われる予定だった、元世界1位アザレンカの試合が急遽行われるという。なんと幸運なことだ。!!

 

昨年12月に長男を出産したアザレンカは、スロースタータで心配したが、世界40位のベリスに逆転勝ちし、四大大会復帰初戦を飾った。 「第1セットは緊張したが、第2セットからはリラックスして練習通りのプレーができた」と嬉しそうにコメントした。

ロンドンで息子家族と過ごした楽しい時間、ウィンブルドンでの素晴らしい経験は、ハンギングフラワーの美しさと共に、心に刻まれた。

2017年8月 「真夏の読書」

 

夏の暑さにめげてテニスには行かず、マンガ、ミステリー、歴史小説から哲学まで幅広く読書三昧。 マンガ「聖☆おにいさん」は、先月訪ねた大英博物館の日本のコーナーに展示されていたというのを知り読んでみた。

悟りのブッダと神の子イエスが、現在の東京・立川のアパートで共同生活をし、休暇を過ごすという話。 細かいお金を気にするブッダや衝動買いをするイエスに、ついつい笑ってしまうけれど、大英博物館が展示物としてよく選定したものだと思う。

 

一方、和辻哲郎の「孔子」の中のキリストや釈迦を含む四聖に関する記述は興味深い。


以下抜粋:

四聖(釈迦、孔子、ソクラテス、イエス)が人類の教師であるのは、いついかなる社会の人々であっても、彼らから教えを受けることができるからである。 事実上彼らの教えた人々が狭く限局せられているにかかわらず、可能的にはあらゆる人に教え得るというところに、人類の教師としての資格が見いだされる。

教師たちの人格と思想とが、時の試練に堪たえ、幾世代も通じて働き続けたことを意味するのである。 しかも彼らは働き続けるほどますます感化力を増大した。 たとえその生前にわずかの人々をしか感化することができなかったとしても、時のたつにつれてその感化を受ける人々の数はふえて行く。 従って同時代の大衆を動かし得なかった教師たちも、歴史的にははるかに多く広汎な大衆を動かすこととなるのである。 かくして彼らは偉大な教師としての動くことのない承認を得て来た。

 

が、これらの偉大な教師が人類の教師としての普遍性を得来るためには、さらにもう一つの重大な契機を必要とする。 それはこれらの偉大な教師を生んだ文化が、一つの全体としてあとから来る文化の模範となり教育者となるということである。

同窓会から送られてきた封書に小さなクリアファイルが入っていた。 その表に初代学長の新渡戸稲造の愛読詩であるロングフェロー「A Psalm of Life」の一節が書かれていた。 勇気が出て来る言葉である。

 

Act, - act in the living Present!
Heart within and God overhead!

行動せよ!生きた「現在」に行動せよ!
心に勇気、頭上に天をいただいて!

詩の最後は次のように結ばれている。
Let us, then, be up and doing,
With a heart for any fate;
Still achieving, still pursuing,
Learn to labor and to wait.            

和辻哲郎や新渡戸稲造の言葉に刺激され、夏のひと時、学生に戻る。

2017年9月 「和服をリメイク」

「着物で紳士服 繊細な世界を生む」という記事に、ニューヨークでファッションショーを開いたデザイナーの浅井広海さんが写真と共に紹介されていた。 記事には海外での浅井さんの活躍と「着物」を救う試みが活発になっている今、「着物」とは何をさすのか?という問いかけがされていた。

1つは、形を重視し、海外のテキスタイルも積極的に使って現状の形を保存しようという動きで、
もう1つは、「着物とは、生地そのものである」と定義し、日本の伝統的な着物時の生産を根底から救おうとする浅井さんのような動きである。

 

ここ数年の間に、主人の母から着物や帯を譲り受けた。 その殆どはまだ袖も通していないもので仕付けがついたままのものも多い。 反物のままのものや人間国宝作もある。 はて、どうしたものだろうか。 着物の形状にとらわれず、生地の美しさをなんとか活かせる方法はないだろうか。

 

             = 帯からジャケット =

「和服からのリメイク」という雑誌を2冊買い込み挑戦してみることにした。 新しい何かに生まれ変わらせることが出来れば生地が生かされる、と意気込んで始めたものの、丁寧に仕立てられた着物をほどく時は、一針一針に込められた縫いての息づかいが感じられ、形ある着物に対しても申し訳ない気がした。

何とかよいものにしなくては!! 形あるものに鋏を入れる時はドキドキしたが、仕立てる時の絹の手触りはやさしく、優雅な気分を味合わせてくれた。 刺繍の入っている物は柄合わせが難しかった。 ジャケットの裏地には、ぼかしの入った着物の裏地を利用した。 夏から1ヶ月に1作の割合であせらずゆっくりと計4作品を仕上げた、果たしてどうだろうか。   大島紬からロングコート、紬から紳士半そでシャツとワンピース、帯からジャケット。

2017年10月 「月の空洞と月の石」

 【月の空洞】

月の地下に、長さ約50キロに及ぶ長大な空洞があることが、日本の月探査機「かぐや」の観測データから判明した。 18日、その空洞は過去の火山活動で生じたとみられると宇宙航空研究開発機構(JAXA)が発表した。

空洞があるのは、月の表側にある「マリウス丘」と呼ばれる領域で、「かぐや」が撮影した画像には直径と深さがそれぞれ50メートルの縦穴が写っていた!! 空洞は、幅100メートルほど長さ約50キロにわたって続き、内部は崩壊しておらず、地層などに氷や水が存在する可能性もあるという。 JAXAの春山純一助教は「広がりが期待できる縦穴はほかにもある。将来的に基地を作るにも絶好の適地」と話している。

 

「かぐや」のニュースを聞き、人類初の月着陸と月面歩行の映像が鮮やかによみがえってきた。  人類初の月への有人飛行計画はNASAにより1961年から1972年にかけ実施され、全6回の有人着陸に成功した。映画にもなった「アポロ13号」は、月に向かう軌道上で機械船の酸素タンクが爆発したが、地上の管制官や技術者たちの連携で、乗組員たちは無事に地球に帰還することができた。 その後、月面着陸は実施されることはなく、1972年に打ち上げられたアポロ17号が、人類が他の天体の上に降り立った最後となった。

 

アポロ計画や月に関しては様々な説があった。

【月面着陸の映像はCG説 】

アポロ計画で人類は本当に月面に降り立ったのか、画像はCGではないか。


【人工天体説 】

1970年に旧ソ連の科学雑誌「スプートニク」に掲載された。著名な天文学者であるミハイル・ヴァシンとアレクサンドル・シュシェルバコフの人工天体説。

はるかな昔、「月」は我々が現在いる太陽系ではなく、どこか別の太陽系にある星だった。その「別の太陽系」は、我々の太陽系よりもはるか昔に生成された太陽系で、その星(月)には非常に高度な文明を持つ生物が住んでいた。 ある時、彼らの太陽系に異常が生じ、壊滅の危機に瀕し、星の内部をくり抜いて星全体を巨大な宇宙船に改造し、宇宙への旅に出た。 長い年月宇宙をさまよった果てに、現在我々がいる地球を見つけ、地球の衛星としてこの場所に定住することになった。

 

【空洞説 】

飛行士たちの実験で月の平均密度を測ってみた結果、地球と比べると星の重量として軽すぎる。
アポロ11号・12号・14号・15号で星の内部を調査する地震波の測定が行われたが、地震波の伝わり方がまるで「鐘」を思わせ、波の伝わる速度や到達距離は、金属によく似ているということから月の中身は空洞ではないか。

アポロ計画の最高責任者、故ブラウン博士も「振動は15マイルの深さまで徐々に伝わり、そこから極端に加速される。この急激な加速は、内部物質の密度の差から来るものである。」と言っていたが、「かぐや」の観測からこの空洞説が裏付けされることになった。

 

【月の石】

1970年3月14日、アジアで初となる万国博覧会が、春雪が残る大阪・千里丘陵で開幕した。 その当時の新聞には「開会式で7500人が見守る中、77カ国の民族衣装が入場行進し、「世界のひろばで」を大合唱。初日から27万人が、各国のパビリオンに押しかけた。アメリカ館の月の石は4時間待ち、モノレールはラッシュアワー以上の混雑だった。」とある。

47年前、ワクワクしながら出かけた万博だったが、アポロ12号で採集された「月の石」が展示された「アメリカ館」は長蛇の列で、入館すら出来ず残念だった。 今、万博での写真は数枚しか残っていないが、そのうちの1枚がタイのパビリオン前での写真であるのは驚きである。 エキゾチックな建物が印象に残っていたが、その後のタイとの関係を考えるとなんとも不思議なご縁を感じる。

2017年11月 「カズオ・イシグロ」

 

今年のノーベル文学賞にカズオ・イシグロが選出された。 長崎県の出身でロンドン在住の日系イギリス人だと知った。 作品はテレビでもドラマ化されていたというのに、イシグロの名前も作品名も知らなかった。

 

ノーベル財団は、イギリスに属する作家であっても、公式には出生地で分類する方針をとり、カズオ・イシグロへの授賞は川端康成、大江健三郎(82)に次ぐ3人目の日本作家への栄誉として記録されるとのこと、日本人として,急に誇らしい気持ちになり、急いで読んでみることにした。

読書順は、「わたしを離さないで」「夜想曲集」「忘れられた巨人」「日の名残り」であるが、それぞれの作品の個性ともいうべき幅の広さに驚かされた。

 

「日の名残り」1989年  The Remains of the Day
1956年の「現在」と1920年代から1930年代にかけての回想を入れながら話が進む、貴族の館の執事の物語で、英国最高のブッカー賞受賞作品。  執事の回想シーンが時代を往復するため、話が進むにつれ、時代背景や人間関係が明らかになっていくのは、まるで謎解きのようだ。

主人公は、自他ともに認める有能な執事スティーブンス。 忠誠を尽くしたダーリントン卿が第2次世界大戦前後から戦後にかけてナチスに加担し名声を失ってしまう。 主人の過ちを救うことも出来ず、自分に思いを寄せる女中頭の気持ちにも気づかず過ごしてしまった日々を回想する。 そんな過去に涙するスティーブンスだが、新たに屋敷を継いだ富豪のアメリカ人に仕えるようになり、新しい人生を生きていこうと決意する。 

 

「わたしを離さないで」2005年  Never Let Me Go 
設定はクローン人間。 優秀な介護人キャシーが、幼年時代を回想することから物語は始まる。 恵まれた環境で教育を受けていたと思っていた子供たちは、しだいに、自分たちが臓器提供をするために作り出されたクローン人間であることを知ってしまう。 外部の世界と隔離された寄宿舎で平穏に生活する子供たちが、自分たちに課せられた運命を知っていくというのは、なんともやりきれない残酷さだ。 

キャシーは自分の記憶について「記憶を失うことは絶対にありません」と語るが、介護人の役目を終えたキャシーも提供者としての道に進んでいく・・・。  Never Let Me Go !!の叫びが聞こえるようだ。

 

「夜想曲集」2009年  Nocturnes
音楽と夕暮れをめぐる5つの短編が収められている。 イシグロは全体を5楽章からなるアルバムと称している。

・「老歌手」ベネチアのサンマルコ広場で演奏するギタリストとかつて時代を代表した大物シンガーとその妻との出会いと別れの物語。

・「降っても晴れても」若いころ、イングランド南部の大学で知り合った友人夫婦の間に生じた溝を埋めるように、引き立て役を頼まれるジャズ好きの中年男の話。

・「モールバンヒルズ」
舞台はイギリスの田舎モーンバン。目指す音楽の違いから旅行中に仲たがいする老音楽家夫妻が、若いシンガーと出会いその歌に癒されるストーリー。

・「夜想曲」
才能はあるのに芽の出ないサックス奏者が、マネージャーから整形施術を受けろといわれる。 思いがけず一流ホテルに宿泊することになったサックス奏者は、隣のセレブから招待を受けるという話。

・「チェリスト」
恋人から逃れてホテルに隠れている自称大物チェリストが、若い野心家のチェリストに個人指導をする物語。

 

「忘れられた巨人」2015年   The Buried Giant (葬られた巨人)
9.11後の世界の姿を考える中で、このテーマにたどり着いたという作者は、インタビューで次のように語っている。

「『忘れられた巨人』においてわたしが書きたかったテーマは、ある共同体、もしくは国家は、いかにして『何を忘れ、何を記憶するのか』を決定するのか、というものでした。わたしは、これまで個人の記憶というテーマを扱ってきましたが、本作では『共同体の記憶』を扱おうと思ったのです。そしてそこから前作と同じように、空間と場所の設定を考えたのです。その結果、4〜5世紀のイギリスを舞台にすることにしたのです」

老夫婦のアクセルとベアトリスは長く住み慣れた村を出て、遠くで暮らす息子に会いに旅に出る。 2人の旅は、サクソン人の若い戦士、鬼に襲われた少年エドウィン、ブリトン人の老騎士らと出会いながら続いていく。 旅の行く手には荒野、森、謎の霧に満ちた大地が続くが、クエリグという雌竜を倒せば、すべての人の記憶にかかった靄を晴らすことが出来るという秘密を知る・・・。 

果たして、雌竜を倒し人々の記憶を呼び覚ますことが、本当の幸せにつながるのか。 「忘れられた巨人」とは何か?  SFファンタジーのような不思議な物語で、もやもやと霞がかかったような展開だったが、読み終わってみると、深く心に残った作品である。

 

2017年12月 「3大ニュース」

 

年末になると今年のニュースが発表される。 我が家の今年の3大ニュースは、6月の主人の完全リタイア。 7月のイギリス旅行での息子家族宅訪問とウィンブルドン観戦。 そして、12月の娘家族に第三子誕生だ。 数あるニュースの中で今年の3大ニュースを選んでみた。

 

①欧米の国際研究チームによる「中性子星の合体の観測」

研究チームは、地球から1・3億光年離れた二つの「中性子星」の合体で生じた重力波をとらえることに成功したと10月に発表した。 「重力波」についての研究は今年のノーベル物理学賞を受けており、日本の国立天文台の「すばる望遠鏡」も参加している。

 


= 2つの中性子星同士が衝突して「キロノバ」と呼ばれる爆発を起こした瞬間の想像図=

②カズオ・イシグロ ノーベル文学賞受賞

長崎県出身の日系イギリス人小説家が受賞したというのは嬉しいビッグニュースだった。 英国貴族邸の老執事が語り手となった小説『日の名残り』でイギリス最高の文学賞ブッカー賞を受賞。 『忘れられた巨人』は、過去の記憶を取り戻すことが本当の幸せにつながるのかというテーマだ。 作品を読むうちに、訪れたばかりのロンドンを懐かしく思い出し作者に親しみを感じた。 作品で問われる「自分とはいったい何者なのか」や「過去の記憶を取り戻すことがどういうことなのか」など改めて考えさせられた。

③エルサレム問題

トランプ大統領就任後の世界情勢はますます混乱を深めている。 移民排斥発言、北朝鮮問題、12月にはエルサレムをイスラエルの首都として正式に認めると発表したことなどだ。 古代からの長い歴史があるエルサレムは、イスラエルとパレスチナが最も激しく対立する問題の地で、イスラエルは発表を「歴史的」だと歓迎したが、国際社会からは強く非難する声が出ている。  ユダヤ教とキリスト教とイスラム教の遺跡がたちならび、おおくの信者と観光客を呼びよせている聖地エルサレム。 なぜ、エルサレムが3宗教の聖地となったのか、改めて学んでみたい。