2018年1月 「インフルエンザ」

寒気がするけどこのぐらいは大丈夫と思っていたのに、インフルエンザにかかってしまった。 たかがインフルエンザされどインフルエンザ。 久々のインフルエンザは手ごわく、今年は最悪のペースで感染が広がっているとニュースでも伝えられている。ウィルスにやられて寝込んでいる時、「人類が滅びるとしたら原因は何だと思う。 ウィルスによる、核戦争による、隕石の衝突による…」 という、40年以上も前の友の質問を思い出した。 ウィルスや核戦争は人類の英知で何とか防げるのではないかと思い 「隕石だと思う」 と答えた気がする。

 

改めて調べてみると 「太陽の死」 「ポールシフト」 「土星爆発」 「スーパーボルケーノの噴火」 「小惑星の衝突」「全面核戦争」 「スーパーウィルス」 「AIの暴走」 「氷河期」などなど・・・新しい不安要素が加わっている。 太陽の死まではあと50億年、地磁気逆転が数十万年ごとに起こるポールシフト、爆発力は原爆の1000倍以上といわれる米の巨大火山「イエローストーン」の噴火と続く・・・。

 

昨日、世界終末時計のことが報じられていた。 世界終末時計は、核戦争などによる人類の終末を午前0時にたとえ、その終末までの残り時間を 「あと何分」 という形で象徴的に示す時計である。 オブジェはシカゴ大学にあるが、実際の時計ではなく時計の45分から正時までの部分を表している。

終末時計は、日本への原子爆弾投下から2年後、冷戦時代初期の1947年にアメリカの科学誌 「原子力科学者会報」 Bulletin of the Atomic Scientists の表紙絵として誕生したものである。 未来の世代のために時計の針を戻し、世界をより安全なものにしようという市民活動のサイト 「 TurnBackTheClock.org」 が設立されている。

トランプ大統領が核廃絶や気候変動対策に対して消極的な発言をした昨年は、残り時間は2分30秒前まで縮まり、 北朝鮮の核・ミサイル開発により朝鮮半島での危機が増したため、今年に入り、さらに30秒進み残りわずか2分となった。 これは、冷戦期で核戦争の脅威が高まった1953年の残り2分と並び、過去最短となる。

そんな世の中の邪気を払いたく、今年は少し早めにお雛様を飾った。 すると、いつのも日常の空間がパーッと華やいだ。 女の子の健やかな成長を願うひな祭りだが、お雛様の両脇には左近の桜・右近の橘が飾られる。
桜と橘は、京都御所に存在する紫宸殿に由来するもので、御所内では親王様から見て紫宸殿東側に桜、西側には橘が植樹されている。


桜と橘には、古来から「魔除け」「邪気払い」の力があると考えられていて、橘には「不老長寿」を願う役割もあるとされる。 お雛様でよく飾る桃の花は桜の代用で、桃にも邪気払いの霊力が強く備わっているためと考えられている。 人の英知を信じ、何時までも穏やかにひな祭りを迎えたい!!と願っている。

If winter comes, can spring be far behind ?     冬来たりなば 春遠からじ

2018年2月 「LS北見」

 

 ピヨンチャン五輪の熱気も冷めやらぬのに、次々とニュースが飛び込んできて現実に引き戻されるが、歴史的快挙を遂げたといわれるオリンピック・・・もう少し余韻に浸っていたい・・・。

フィギュアの羽生弓弦と宇野昌磨そして、スピードスケート女子の小平奈緒と高木美帆など、日本人同士がメダルを争うという高いレベルの競技が続き、毎日ワクワクドキドキ。 今日は何があるのかと、その日の予定と結果から目が離せなかった。

LS北見


羽生選手も小平選手も女子パシュートも渡辺暁斗選手もレジェンドの葛西紀明選手も本当に素晴らしく、日本人の活躍が日本人であることを誇らしく思わせてくれたが、個人的には最初から最後までカーリングにはまっていた。

10チーム総当たりで女子の予選が9試合、準決勝と3位決定戦で計11試合。 男子の予選が9試合で、その他気になる強豪国の試合を加えると30試合は観戦したことになる。 テレビの前に陣取りすべてを観戦した訳ではないが、1試合3時間としても相当な時間である。

LS北見が勝ち進むにつれて様々な情報が伝えられた。
「ローカル」と、「常呂っ子」から「ロコ」+イタリア語で太陽を意味する「ソラーレ」がチーム名の由来であるとか、チームの立ち上げに関する苦労話などだ。

 
27日、LS北見の活躍を心から願っていた小栗祐治さんがTVで紹介された。 LS北見の5人が育った北海道北見市常呂町(旧常呂町)にカーリングを広め、昨年5月に88歳で亡くなった常呂カーリング協会初代会長だ。

小栗さんとカーリングの出会いは昭和55年、道内で開かれたカーリングの講習会に参加したことがきっかけだった。 すぐにその魅力にとりつかれた小栗さんは、仲間と、踏み固めた雪の上に水をまき、氷を張り重ねて天然のリンクを作った。 道具はプロパンガスのボンベやビールだるにコンクリートを詰めた手製のストーンと、ブラシ代わりの竹ぼうき。 競技に熱中し、周囲に面白さを伝えた。白黒テレビが映し出す、ビール樽の手作りストーンや懸命に竹ぼうきを掃く姿から、極寒の寒さを忘れさせるような情熱と熱気が伝わってくる。

 

 63年、カーリングの町となった常呂にアジア初の屋内専用リンクが完成すると、小栗さんは若手の発掘、育成にも乗り出した。 運動会を観戦したり、公園で遊んでいる子供たちを観察したりしては有望株を見つけ出し、声をかけた。 主将の本橋麻里も12歳のときに、小栗さんに誘われたことがきっかけで本格的にカーリングを始めた1人だ。 吉田知那美と鈴木夕湖は小学2年から、吉田の妹、夕梨花も5歳から小栗さんの指導を受けた。

そんな小栗さんの思いを継いだのが本橋で、2010年バンクーバー五輪から戻ると、故郷の常呂でLS北見を結成、メンバーも地元出身者をそろえた。本橋が出産で休養に入ったころ藤沢も加わった。 五輪でのLS北見の活躍を心待ちにしていた小栗さんだが、代表決定戦が行われる4カ月前の昨年5月、肺がんで息を引き取った。チーム結成から7年半、日本で「カーリングの聖地」と呼ばれる故郷にメダルを持ち帰った。

そんなストーリーを知るとますますカーリングから目が離せない。 3月に青森市で開催される日本混合ダブルス選手権には男子の軽井沢クラブのメンバーと組んで出場する。 藤沢選手は山口剛史、吉田知選手は清水徹郎、吉田夕選手は両角友佑と組む。 優勝ペアは4月にスウェーデンで行われる世界選手権に出られることになり今度はチームメイトがライバルになる。

2018年3月 「さくらと鎌倉散策」

 今年は、桜の開花の速さに驚かされた。 突然やってきた花の便りに心の準備ができず、なぜか戸惑ったが、雨にたたられることもなく存分に楽しむことができた。 以下は近隣の桜三景である。

久しぶりに訪れた三渓園では、江戸初期に建てられた雁行形の臨春閣や大池の水面に映る桜の優雅な姿を愛でた。 ゆっくりと時間が過ぎていき、桜を楽しむのに言葉はいらない。

鎌倉鶴ケ岡八幡宮の源平池では二つの池を桜が囲んでいる。 源氏池には源氏の繁栄を願い白蓮が、平家池には平家の衰退を祈ったという赤蓮が植えられているが、今は昔、桜は赤と白がやさしく交じったさくら色である。

 

鎌倉駅から 500メートル続く若宮大路の段葛は、遠近法によって実際の距離より長く見えるよう、鶴岡八幡宮側に向かって道幅が狭くなっているという。 途中で歩みを止め、前方と後方を比べると、なるほどと納得できる。 この段葛の桜は老木になっていたため、平成26年末から2年間かけて植え替えられたものだ。 今年は、若武者のように元気よく花を咲かせている。

 

いちばん贅沢な花見は、リビングの窓から眺めるソメイヨシノの並木である。 リビングからの景色は、桜木が縦に5重6重と重なり立体感がある。 うっとりと眺めていると、マンション住まいであるのを忘れてしまうほどだ。 リビングの窓がピンク色に染まるこの時期は、ソファーに座りながら、一年で一番贅沢な時間を過ごしている。

 

春は今年もやって来て、4月生まれの私は確実にまたひとつ年をとる。 歳を重ねることで不安になることもあるが、楽しみが増えることもある。 誕生日が近づくにつれ、今やりたいこと、やれること、長く続けられることを考えてみた。 そして楽しみが一つ加わった。 ここからは電車で15分で行くことが出来る鎌倉の「文学散歩」である。 鎌倉にゆかりの文人や文学作品を中心にゆっくり時間をかけて辿ってみることにした。 この散策は、文学観賞・歴史探索と健康管理を合わせた一石二鳥のものになるはずだ。

 

記念すべき第一回は、鎌倉駅周辺から始まった。
鎌倉駅からまっすぐ小町通りに入り、鶴岡八幡宮脇に出る右角にあるのが鉄ノ井である。 この井戸からは、新清水寺の鉄製の本尊の首の部分が出てきたといわれる。鉄ノ井から少し戻り、西に向かう巌小路の道沿いには、旧川喜多邸だった川喜多映画祈念館がある。 山に囲まれた静かな旧川喜多邸には和辻哲郎邸を移築した離れがあり、近くには志賀直哉も暮らしていたという。
近代日本画家の巨匠鏑木清方記念美術館を訪ね、北条氏の菩提寺だった浄光明寺と亀ヶ谷の切り通しへ向かう。

浄光明寺のご本尊の木造阿弥陀仏如来は、鎌倉地方彫刻の代表作で、本尊の衣紋は鎌倉地方独自の土紋装飾がされている。 土紋装飾というのを初めて知った。 裏山の急な坂を登ったところに冷泉家の祖の墓があり、その辺りからは湘南の海を展望することができる。 この寺の付近には、中村光夫、里見弴が住んでいたという。

もと来た道を戻り右手の横須賀線を超えると、寿福寺がある。 源頼朝の妻北条政子が葉上房栄西(明庵栄西)を開山に招いて創建した寺である。 ここは源実朝と北条政子、大仏次郎や高浜虚子の墓所となっている。 虚子の墓所の岩壁に名刺受が彫られていてたので驚いた。 裏を覗いてみると、裏は箱状になっていて定期的に名刺を回収しているらしい。  ふと、中学の教科書に出ていた虚子の句を思い出す。

花びらの たれて静や はなしょうぶ  虚子

花びらが風に舞い 新緑の季節へと移っていく。 

2018年4月 「文庫」と「果樹園」

春からの生活に「文庫」のボランティアと散歩が加わった。先日の新聞に、「本を楽しめる図書室のようなスペースをつくる動きがいろいろな場所で広がっている」という記事があった。 オフィスの一角に図書スペースを設けたり、戸建ての分譲住宅街や医療施設など従来にはあまりなかった場所にも設ける事例が増えてきたという。 本を呼び水に様々な人に集まってもらい、交流を生み出す狙いがあるそうだが、このマンションにも「文庫」がボランティアによって運営されている。 

 

そのボランティアに4月から加わった。 4月には年に1回のバザーが行われ賑わう。 文庫に長く置かれていた本や仲間から寄付される本を1冊50円で販売し、売り上げをユネスコに寄付したり新刊書の購入費用に充てている。 当日売れ残った本は古書店が買い取り、それでも残った本は教会に寄付される。 今年は、古本屋以外の売り上げが12,500円となり、250冊が売れたことになる。 ボランティアの仕事は、貸し出の受付や新刊書の購入、図書館からの借り出しなどだが、なにより、新しい仲間が出来ることがうれしい。

 

「文庫」に加え、2週間に一度の鎌倉文学散歩と日常的な散歩が始まった。
この辺は駅が近く、高層マンションが立ち並ぶ住宅地だが、駅とは反対側に10分も歩くと果樹園があり、自宅から幹線道路を挟んだ西側の丘に広がっている。 子供が小さいころ何度か梨狩りに出かけたこともあったが、その後はゆとりなく暮らし、その存在すら忘れてしまっていた。 こんな近場に果樹の里があるのに忘れていたなんてなんともったいない事だろう。

 

そよ風の中の散歩は楽しい。 散歩を初めて一か月、この頃は坂道や階段を見ると無性に登りたくなる。 果樹園の木々が季節の移り変わりを知らせてくれる。 梨の花から始まり、ブドウの新芽に蕾が付き、柿の若葉が誇らしげに空に伸びているのを見るとこちらまで背伸びをしたくなる。 先日歩いていたら、代々この土地で果樹園を営んでいるというおじいさんに出会った。 300年を超えるという農家で、ひ孫が生まれたので家の普請をしているという。 このあたりは市街地調整区域にあたり、農園が保存されているのだそうだ。 「庭ではボタンが咲き、池には生まれたばかりの金魚がいるのでよかったら見て行ってください」の言葉に誘われお庭を拝見した。 なんだかゆったりと嬉しい時間が過ぎて行く。 

ブドウは藤稔と秀峰で梨は「浜梨」として知られる幸水と豊水だという。 名前を聞くだけでなんだかにこにこしてしまう。  別の農家の庭先で自動販売機を見つけた。 土地で採れたふき、夏みかん、タケノコが売られている。 この朝採りのタケノコがなんとも美味しい。 自動販売機は100円玉しか使えないので、散歩の度に100円玉を握りしめて出かけている。 

2018年5月 「タイランド」


5月12日に代々木公園で開催されたタイフェスを訪れたのに続き24日からはバンコクを訪れ、短い期間だったがどっぷりタイ文化に浸ることができた。

タイ大使館主催による国内最大級のイベント「第19回タイフェスティバル」は、5月12日(土)・13日(日)の2日間、東京・渋谷の代々木公園イベント広場で開催された。 毎年30万人の来場者を数えるという人気のイベントは午後になると足の踏み場もないほど混雑する。

今年のテーマは4つのF「Food Fun Friendship Future」で タイと日本の親交をより深めながら、タイ文化と伝統を広めることを目的にしているが、タイ料理の屋台はもちろん、果物、雑貨、タイ大使館や観光局のブースなどが所狭しと軒を連ねている。

 

 

      =懐かしいコンドミニアムのプール=

野外ステージではタイ舞踊やムエタイショー、タイのアーティトによるライブなどが一日中行われているので賑やかなことこの上ない。 タイダンス中に音響が途絶えるハプニングもご愛敬、タイスマイルは途切れることがなかった。 これぞタイである。

 

タイ旅行

十数年ぶりに訪れるバンコクはまるで別の町に来たようだった。 空港から市内に入る高速道路は4車線、走っている車も綺麗だ。 タクシーも乗用車も昔のようなボコボコの車など見当たらない。 しかし、翌日に訪れたダムヌアンサドワック水上マーケットでの変わらぬ賑わいとむっとする暑さ、そしてドリアンの香りが時空を昔に戻してくれた。 バンコク都庁で局長クラスの友人が2日間、昔懐かしい住居の訪問や食事・買い物に付き合ってくれた。 猛暑のバンコクでは移動に車があるのは天国のようだが、思いがけないハプニングもあった。

 

ランチのため都庁の地下駐車場に車を止めたのはさすがの顔パスだったが、2時〜7時までは駐車場に戻れないことが分かった。 駐車場上の広場で行われるウィサカブーチャーの式典に皇族が参加するためだということだった。 やむなく、午後の観光はタクシーを使っての移動になるかと思われたが、そこは勝手知ったるなんとやら・・・裏技が飛び出した。

都庁の敷地に通じるどこかの事務所内を顔パスで通り抜けると、セレモニーの行われる場所の真横に出て、階段を使い地下駐車場に潜り、警備員の背後から車を出すことができた。 さすがにドキドキしたが呼び止められることもなかった。

とてもスリリングな経験だったが、もし見つかったら「日本から来た友人が飛行機に間に合わないのでやむを得なかった」という言い訳も考えていたという。 「やったね!!」と喜ぶと同時にとっさの素早い行動に感心してしまった。

 

彼女は都市プランニングのエキスパート!! BMA(Bangkok Metropolitan Administtation)や自分の仕事についてなど、街を走りながら説明してくれる。 以前のカオサン通りは、安宿が多く外国から来るバックパッカーのたまり場というイメージだったが、オープンな観光スポットに変貌していて驚かされた。 まあ、変貌と言ってもあくまでタイスタイルだが・・・。スクムビットsoi93にあるジムトンプソンのアウトレットで、クッション用の生地1.4m幅を7m購入した。
籐製のソファーはタイから帰国時に持ち帰ったものだが、それに使うカバー用の生地は、旅の記念に是非買いたいと思っていたものだ。 頑張らなければいけない仕事ができた。

 

スクムビットsoi63にある昔住んでいたマンションを見たときは、本当に懐かしい気持ちになった。 セキュリティーは厳しいはずだが、友人の説明で建物の中まで入ることが出来て、ここでも感謝!!感謝!!旅の終わり、彼女が数か月前に購入したというチャオプラヤ川沿いのコンドミニアムを案内してくれた。
まだ、家具も何も置かれていない部屋だが24階のベランダから眺めるチャオプラヤ川は、悠久の歴史を語っていた。 次にタイを訪れるのはいつになるだろうと思っていると「今度来るときはホテルを予約しなくてもいいから」という。 いつ実現するかわからないが、嬉しさがこみあげてきた。

2018年6月 「生命の誕生のなぞ」

JAXAは27日、2014年に打ち上げた探査機「はやぶさ2」が地球から3億キロメートル離れた小惑星「りゅうぐう」に到着した、と報じた。 打ち上げから3年半かけて、有機物や水を含む岩石があるとされる、わずか900メートルの小さな天体に到着した。 なんと、900メートル!! 日本の技術の高さを誇らしく思う瞬間である。

 

JAXAの記者会見では、赤道付近が膨らむコマのようなりゅうぐうの姿の画像が公開され、岩石には炭素が富んでいるとの説明があった。 黒色は炭素に富んでいる証拠で、約46億年前にあった有機物や水を含む岩石が残っている可能性があるという。

太陽系が誕生したころ、小さなちりやガスが高温で徐々に集まり小惑星になりその小惑星がくっつき、地球のような惑星ができた。 惑星になりそこねた小惑星の多くは、高温にさらされたことがなく46億年前の状態を残しているといわれている。

 

地球上の生命の起源は「小惑星の衝突でもたらされた有機物や水」とされているが、採取される有機物はその証拠になるだろう。 9月から10月ごろに、やぶさ2はりゅうぐうに着地し、岩石を採取する。 その採取した有機物が生命誕生の解明に近づくと思うと、果てしなく〜夢〜が広がる。 

「ホーキング博士」

難病を抱えながらも宇宙へのあくなき探求を続けたホーキング博士が3月に亡くなった。 その博士の死を惜しみ、科学雑誌「日経サイエンス」と「NEWTON」の6月号に特集が組まれた。日経サイエンスの「さよならホーキング、34歳で書いたブラックの量子力学」とNEWTONの「緊急特集 追悼ホーキング博士 ホーキングの宇宙論」の特集記事を読んだ。

 

宇宙に始まりはあるのか? 宇宙に果てはあるのか?・・・人類の究極の謎である。 宇宙論はしばしば宗教と対立する。 私にとって宇宙と宗教はとても類似していて、謎多きブラックホールのようなテーマだ。 

科学者は「無の状態から、突然ビッグバンが起き、光や星々が生まれ、宇宙は今も拡散し続けていると」言い、宗教家は「無の状態から、神がこの世を創造した」と言う。 「宇宙を読み解くのに神は必要ない」と論じていたホーキング博士がロンドンのウェストミンスター寺院に埋葬されるのは意義深い。 

2018年7月 「蓮の開く音」

 7月は、世界中から様々なニュースが伝えられた。 日本では西日本豪雨、海外では、大規模な森林火災やタイの洞窟に閉じ込められた13人の少年たちのニュースなどに心を痛めた。 一方、スポーツ界では、ウィンブルドン大会での錦織の復帰にエールを送り、サッカーのWカップロシア大会での、選手たちの活躍に寝不足気味もなんのその「頑張れ!!」と応援に熱が入った!!

 

Wカップロシア大会


4年に一度のワールドカップ。 熱戦は深夜に行われることが多かったが、一試合ごとに一喜一憂した。本戦ではベルギーに2-3で敗れ、日本のロシアでの戦いはベスト16で幕を閉じた。 大会の約2か月前に指揮官が交代し、モチベーションもどうなることかと心配していただけに、予選を突破できたことは価値があったと思う。

 

コロンビア戦:
FIFAランキング61位の日本は、14年ブラジル大会8強になった同16位のコロンビアに、見事勝利を収めた。

セネガル戦:
2度のビハインドを追いつき、引き分けに終わったが、試合後、両国のサポーターがそれぞれスタジアム内のごみを拾った映像が美談として世界に発信され、2020年のオリンピックにも活かされるのではと思った。

本戦 ベルギー戦:
一時、2点リードしたが、最後のロスタイムに1点追加され、2対3で逆転負けを期した。 ベスト8への期待が膨らんだが、結果は今の日本の実力ということなのだろう。 これからの若手の活躍に期待したい。 

「脱帽 ボルトの記録より短時間ゴール」との見出しで、「日本、9.35秒カウンターに撃沈」との記事がスペイン紙に掲載された。 世界の壁は厚い。 日本は初の8強進出はならなかったが、日本列島を沸かせてくれた選手たちに感謝である。

 

タイの洞窟少年救出
タイ北部の洞窟内に少年ら13人が6月23日から17日間にわたり遭難していたが、7月10日、ついに最後の5人が無事救出された。 世界が固唾を飲んで見守った救出劇は、全員生還という結果になり喜びの声が上がったが、救助活動中にダイバーが亡くなったは本当に残念である。

 

蓮の開く音
蓮は仏教国タイを代表する花である。 タイの寺院では、お線香と蓮の花がセットで供えられているのをよく目にする。  昔から、蓮のつぼみが開くときに「ポン」という音がすると言われていたが、 果たして本当に音がするのだろうか。 音がするなら是非聞いてみたいと早朝、鎌倉の光明寺と鶴岡八幡宮を訪ねた。

耳を澄ましていてもそれらしき音は聞き取れない。 じっと眺めていても、今ある蕾は開く気配すらない。
本当に「ポン」と音がするのだろうか・・・自宅に戻り調べてみた。

話は昭和10年7月23日にさかのぼる。 古代蓮の研究で有名な大賀一郎博士 や「日本の植物学の父」といわれた牧野富太郎など植物に関してはスペシャリストの方を交えた十数名が集結し、東京不忍池で実地検証を試みたそうだ。

しかし、結果は・・・・・。
花弁の擦れ合うごくわずかな振動があるだけで、開花音ではないことが科学的に証明された。
古ハスの花は沢山の花弁が重なっているが空気を密閉するほどには密着しておらず,花弁の先から徐々に開くので周囲に聞こえるほどの破裂音が出る事はないとのことである。

 

蓮の音については、数多くの詩歌が残されており 「ハスの花が開くとき,ポンと音を立てる」という話が伝わったようだ。

   正岡子規  「蓮開く 音聞く人か 朝まだき」     
「朝風にぱくりぱくりと蓮開く」

   石川啄木  「静けき朝音たてて白き蓮花のさくきぬ」

      蓮花の開く音は 耳で聞く音ではなく 心で聴く音なのだろうか

2018年8月 「読書」

マンションの中にある小さな図書室のボランティアに加わってから読む本の種類が増えた。
今までは新聞での新刊紹介や本屋の店先から面白そうなものを選んでいたが、ボランティア仲間の紹介から読むことも多くなった。

 

「フランス組曲」 イレーヌ ミネロフスキー
著者は、ユダヤ人でありアウシュヴィッツで亡くなる。 トランクに入っていた原稿を父親から託された娘は、各地を転々としながらナチスから逃れ、2004年に「フランス組曲」として刊行する。

ドイツの進行するパリから脱出する人々を描いた「六月の嵐」とドイツ占領下の田舎町で、ピアノの音色に結びつけられたフランス人女性とドイツ将校との恋を描いた「ドルチェ」の作品からなっている。

 

「カブールの本屋」アスネ セイエルスタッド
著者はノルウェーのジャーナリスト。
タリバン政権崩壊後にアフガニスタンの首都カブールに入り、そこで出会った書店主の家に4ケ月間住み込み、イスラム社会での体験をまとめたもの。 アフガンの女たちは何世紀もの間、物やお金で取引される対象でしかなく耐え忍んで生きていかなければならなかった人々を描く。

 

「ボルジア家」 アレクサンドル デュマ
214代ローマ教皇となるロドリーゴ(アレクサンドル6世)一族の野望と権謀、栄華と凋落を描くデュマの作。
ブルジア家の息子のチェーザレや娘のルクレツィアを使い、繁栄と教皇領の軍事的自立に精力を注ぎ、一族の野望のためにイタリア全土を戦渦に巻き込んだ一族を描いたもの。

 

「憶男」 川上元気
宝くじで三億円当たった男と学生時代の唯一の友人とのお金と幸せの話。 自分の意志でコントロールできないのは「死ぬこと 恋すること お金」。 チャップリンの「人生に必要なもの それは勇気と想像力とほんの少しのお金」が示唆に富んでいる。


「地球にちりばめられて」 多和田 葉子
主人公は、留学中に自国が消滅し帰るところがなくなり、地球上に散らばる同郷人(母語)を探す旅に出かける。
ナショナリズムに捕らわれることなく、地球人として未来に進もうというメッセージが込められている。

この物語には、モネの睡蓮が描かれている。 「Hirukoの話す言語はモネの描いた睡蓮だ、色が割れて飛びちってきれいだけど、痛い」などである。 モネの睡蓮について、作者自身が解説をしている。

 

印象派の絵というのは、たとえば蓮の葉っぱがあったら輪郭を描いてかたちを捉えようというのではなくて、光の反射する小さな断面を描いていくようです。近くで見るといろんな色が混在しているカオスのように見えるんだけれども、ちょっと離れて見るとそれが全体像として浮かび上がってくる。単純そうに聞こえるけれど、すごいことですよね。言語に関しても、ベルリンでバスに乗っていると、いろんな言語が混ざり合って聴こえてくる。それに耳をすませながらいろんなことを考えている私の脳は、ちょうど南フランスの天気がいい日に光が乱反射しているような状態にあるのかな、と思ったんです。モネの絵に関して言えば、上半分だけでなく、下半分の沼も大切ですよね。蓮が映える池は泥沼で透明度がない水であることが多い。その泥沼感と葉っぱ感と水の感じ、そこに突然驚きを呼び覚ますようなかたちで花が咲くのは非常にドラマチックなできごとでもある。

 

最近、体力に衰えを感じるが、特に視力の衰えは悲しい。 歳を重ねるうちに細かい文字はさらに読みにくくなってくるだろう。 そんな老後の楽しみは何かと考える。昔懐かしい「絵本を読む」、声優による「朗読を聞く」、実際の宇宙には行けないが、科学技術が進みさらに解明された宇宙を google earth ならぬ google world で居ながらにして3D空間を体験したい。

2018年9月 「スポーツの力」

 『NHK×日テレ同時生放送!テレビ65年 スポーツのチカラ』が9月22日両局で同時に生放送された。
同じテーマでの同時生中継は珍しい。 両局は1953年にテレビ放送を開始し、共に2019年『ラグビーワールドカップ』の中継を行なうこともあり、ラグビーワールドカップ開催1年前のこの日にタッグを組んだ。

 

番組のテーマは「スポーツのチカラ」。 現在までの65年間に繰り広げられた名勝負や名場面、テレビのスポーツ中継にまつわるエピソード、『2020東京オリンピック・パラリンピック』『ラグビーワールドカップ』に関する話題などで構成され、ネットを使って視聴者投票が行われた。 「テレビにかじりついたスポーツ名場面!でランキングを発表」と題した65のエントリーの中から、心に残った場面を投票した。 結果発表は以下のとおりだ。

 

1位 逆境からの4回転羽生五輪2連覇 2018
右足首負傷からぶっつけ本番で臨んだ平昌。圧巻の演技で男子フィギュア66年ぶりの連覇を成し遂げ、日本中が感動した。

 

2位 浅田真央  2014 完璧フリーで涙
SPのジャンプ失敗で放心状態となった浅田。しかし、FSでは6種類8度の3回転ジャンプを成功させ、世界中の心を揺さぶった。


3位 荒川静香金メダル  2006 華麗イナバウアー 
「トゥーランドット」で流れるようなスケーティングで自己最高得点を記録。五輪フィギュアでアジア人初の金メダル。

 

4位 長野五輪悲願の金スキージャンプ 1998 
スキージャンプ原田雅彦が4年前の雪辱晴らし涙の金メダル!「長野五輪」ジャンプ日本団体金メダル

 

5位 神業バトンパス男子400mリレー銀 2016
9秒台の選手が一人もいない日本チーム。メダル獲得は世界を驚がくさせた。日本トラック競技3個目のメダル。

 

6位 ピョンチャン五輪 女子パラシュート金 2018
「平昌五輪」金メダルオリンピックレコードで金メダル!

 

7位 第一回WBC決勝世界一 2006
日本中が歓喜、瞬間最高視聴率56%!「日本vsキューバ」王貞治監督率いる日本が世界一!

 

8位 歴史的快挙 ラグビー南アに勝利  2015
「勝つためにスクラムを選択した」男たち。 逆転トライに、日本そして世界が熱狂した。スポーツ史上屈指の番狂わせ!

 

9位 王貞治 世界新ホームラン756本 1977
ホームラン世界記録の快挙!1977年9月3日「巨人vsヤクルト」756号ホームランを放ち両手でバンザイ!

 

10位 復活!体操男子  アテネ体操男子団体金 2004
28年ぶり団体金6人の若者たちを日本中が祝福した。「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ」の実況も話題に。  ゆず 「栄光の架橋」

 

番外編
2011年 なでしこジャパンW杯優勝
2連覇中のドイツ、強豪スウェーデンを破って進出した決勝で 世界ランク1位の米国をPK戦の末に下し、初優勝を果たした。

 

2018年全米オープン優勝 大坂なおみ 
テニスの4大大会最終戦、全米オープン、ニューヨークのビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニスセンターで、女子シングルスの決勝が行われ、初優勝に挑む第20シードの大坂なおみが、元世界ランク1位で第17シードのセリーナ・ウィリアムズ(米)を6―2、6―4のストレートで破り、初優勝を果たした。男女を通じて日本勢初の快挙を達成した。


「みんなが彼女(セリーナ)を応援していたのは知っています。こんな終わり方ですみません。ただ、試合を見てくださってありがとうございます」と声を詰まらせてインタビューに答えたた。 そして「セリーナと全米決勝で対戦できてうれしい。プレーしてくれてありがとう」 とあこがれの元世界女王への敬意も忘れず涙ぐみ語りかける姿はとても印象的だった。

普段ラグビーとは無縁な私だが、来年開催されるラグビーワールドカップの地元開催枠のチケットを予約した。 スポーツの世界もドーピング問題や商業主義問題で揺れているが、スポーツの力を信じたい。 
ラグビーワールドカップそして、再来年の東京オリンピック・パラリンピックでの日本人の活躍にワクワクしている。

2018年10月 「分身 ロボット」

 養老孟司の「遺言。」 その書名にドッキとしながら読んだ。 内容はタイトルとは異なり、動物とヒトの違いはヒトの意識と感覚の違いによるものである。 意識の中だけに住み、人と会話をする代わりにメールでのやり取りが多い現在社会に警鐘を鳴らしている。 著者は、目や耳で外界を把握し自然や動物にもっと関心を持ってほしい、と行き過ぎたデジタル化を危惧している。

 

現在、介護現場や病院では介護ロボットやAIロボットの導入が始まっているが、遠隔操作型分身ロボットのことがTVで紹介されていた。 遠隔操作型分身ロボットOriHimeは病院、会社、学校で使用され、難病で寝たきりの患者、育児などで会社に行けない人、学校に通えない子どもなどに役割を与え、その孤独の解消に役立っているという。

 

「OriHimeは分身です子育てや単身赴任、入院など距離や身体的問題によって行きたいところに行けない人のもう一つの身体、それが「OriHime」です。OriHimeにはカメラ・マイク・スピーカーが搭載されており、家や会社など行きたいところに置き、インターネットを通して操作できます。OriHimeを操作することで、周囲を見回したり、あたりの人と「あたかもその人がそこにいるように」会話できます。」 とは開発者の言葉である。

 

OriHimeが設置されているのは全国の特別支援学校、フリースクール、会社などで、操作しているのは問題を抱えて自宅から出られない子どもや難病で寝たきりになっている患者さんなどだ。 最近は、育児や介護などで会社に行けない人が在宅テレワークで使用するケースが急激に増え、結婚式に出席できない人にもよく使われているという。 

 

その愛すべき姿にロボットならぬ人の優しさを感じる。 今朝の新聞に「『新作のグレーのジャケット、20%引きなら買いますか』の問いかけに、数千万人が瞬時に回答した。 しかし、これはITベンチャーによる需要予測システムによるもので、実在の人間の消費劣化ら一人ひとりの人格をコピーしたAIによる回答だ。」との記事があった。

人がヒトとしての感覚を忘れることなく、AIを使うことで、どんな未来が開けて来るのだろうか。

2018年11月 「日々是好日」

 森下典子の「日々是好日」と「好日日記」を読み終え、友人とお茶のお稽古に通っていた当時を思い出し秋の陽だまりの中でホッコリした。

作者が、母親の勧めで茶道教室へ通うことになった学生時代からの話で、茶道の奥深さに触れ人として成長していく姿を描いたものである。 読み進むうちに、自分がお稽古に通っていたころの懐かしい出来事やお手前の静かな音が鮮やかによみがえってきた。

 

私の茶道との出会いは中学卒業後、中学一年のクラス担任だった先生のお宅を友人と訪ねたことから始まる。 何度か訪問しているうちに、先生から「茶道のお教室を始めるから、一番目の弟子にならないか」とお誘いを受けた。 先生にとってもいきなり大人に教えるよりは、教え子は組みしやすかったのだろう。

 

あの頃では珍しい茶髪の先生で、しかも担当は数学。 パキパキとした性格で、和服よりはジーンズが似合いそうな先生だった。 はっきりした物言いから、生徒からは厳しい先生と思われていたので、茶道の先生と聞き驚いた。 始める前はどんなお稽古になるのか全くイメージが湧かなかったが、通いたいと思ったのは、別々の高校に通っていた友人と先生のお宅で合うが楽しみだったからである。

 

お稽古の一つ一つは著書に書かれているのと同じである。 袱紗のたたみ方から始まりお茶椀の拭き方など、まずは先生の所作を真似ていく。 真似をしているうちは何とかなるが、さて一人でやってみなさいといわれると手が止まってしまう。 「頭で理屈を考えすぎるのではなく、手を動かす」本に書かれているとおりである。 お湯が「しゅーーー」と湧く松風の音、茶筅の「シャシャシャシャ」という音・・・・ 数々の音が擬音語で表されていてその場でお稽古をしている気持ちになる。 お茶室の静かな中で聞く雨の音や風の音が、五感を使って自然や季節を感じることにつながっていくのだ。

学校帰りに慌ただしくお稽古に通っていた頃、玄関の呼び鈴を押しお茶室に入ると、ふーっと空気が変わり別の空間に入り、心地よい緊張感を味わったものだ。 友人は学生時代に原因不明の病になり、私は就職を期に辞めてしまったが、貴重な時間と空間を過ごすことができた。 静かな中で自分の気持ちと向き合い、季節を感じることは周りのことを大切に思う気持ちにもつながるのだろう。 

 

続編の「好日日記」は、章のタイトルが二十四節気で表され、1月の小寒から始まり12月の冬至で締めくくられている。 「穀雨」「すすき梅雨」「虫食いの照葉」など、何気なく聞き流してしまいそうな言葉が心にしみてくる。

移ろう季節の中で、心豊かにその時々を生きる。 その時々の一つ一つが、茶道を通して深みへ導かれていくようだ。 著者による差し絵も素晴らしく、季節の掛け軸、茶花、和菓子が目の前に鮮やかに浮かびあがり、日本人であることの幸せを思った。

 

本文から:
雨の日は雨の音を聴けばいい。 疲れたら、季節の中にいれば、それでいい。
いつも季節とともに変化して、一瞬の光や、樹々を吹きすぎる風に心を立て直し、降りしきる雨音に身を任せて自分を癒したりしているのだ。

これからは、何気ない日々のなかで与えられた時間を大切に過ごしたいと思う。 いつか「日日是好日」の書をしたためたいと思った。

2018年12月 「人生100年時代」

 人生100年時代のForum2018が有楽町の東京国際フォーラムで開かれた。  ゲストの映画監督の山崎 貴さんと宇宙飛行士の毛利 衛さんが「自分たちが担う未来」について語り 、登山家の三浦 雄一郎さんが「人生100時代 夢をいつまでも」を語った。

山崎 貴さん 

三丁目の夕日 など多数の映画作品で知られているが、13歳の時に映画『スター・ウォーズ』と『未知との遭遇』に出会い、特撮の仕事を志すようになった。 そのころからずっと温めている構想があるそうだ。 本当に心持が若い。 2020年の東京オリンピック開閉会式演出を任され、オリンピック担当・ECDを務めている。

毛利 衛さん 

1992年9月12日から9月20日までスペースシャトルエンデバーに科学技術者として搭乗し、日本人としては二人目の宇宙飛行士である。 「宇宙からは国境線は見えなかった」とコメントしたのが記憶に刻まれている。 現在は、学者として先端科学の普及に当たっているが、人間とAIとの違いにふれ、「感情・夢・創造力」はAIには無く人に与えられた能力だと力説されていた。 これからの自分の夢は、先端技術を若い人に伝えていくこと、お孫さんの結婚式に出ることだそうだ。  司会者から渡された色紙に結婚式の「婚」の字を何度も書き間違え、書き直していたのがほほえましかった。

三浦 雄一郎さん テーマは 「夢の力」

60歳で現役を退いてから心身ともにメタボになったが、父敬三さんの挑戦する姿を見て新たな夢に向かい挑み続け、80歳で3度のエベレスト登頂の成功した。 今年で86歳になった三浦雄一郎さんだが来月、南米最高峰の「アコンカグア」の登頂を目指しているという。 今回の挑戦について「体力が落ちていて途中で諦めるかもしれないが、限界まで頑張りたい」と話していた。  挑戦する気持ちに年齢はない、すごいものである

2013年、ロンドン・ビジネススクール教授のグラットン教授の「The 100-Year Life」が日本でビジネス書大賞を受賞し大きな話題になった。 それから、「人生100年時代」が叫ばれ、「人生100年時代構想会議」までが設置された。 平均寿命の80年を目標に生きていければいいと思っていた私は、今さらねじを巻かれてもと、驚いたものだった。

最近、スペイン人のエクトル・ガルシアが日本人の人生観を紹介した「IKIGAI」がヨーロッパでベストセラーになっているという。 IKIGAIとは“人生に、意義や満足感、幸福感をもたらすことで 好きなこと、得意なこと、収入があること、社会から必要とされることを満たしていることだという。 言うは易く行うは難しである。

自分にとっての生きがいとは果たして何なのだろうか。 人生が長くなれば考える時間も長くなる。
フォーラムの後、久しぶりに銀座に立ち寄った。 歩行者天国には、ガラス張りのビルが立ち並び、アジアからの旅行客であふれ、銀座も昔のような大人の街ではなくなってしまったが、鳩居堂、教文館、日動画廊など古き良き時代を知る建物に入るとほっとする。