2022年1月 「幻の世界遺産」

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」が9日から始まった。よく散策に出かける鎌倉が中心で、伊豆半島から三浦半島までの関東一円が舞台なのでこの一年が楽しみだ。

 

物語は平安末から鎌倉前期を舞台に、源平合戦と鎌倉幕府が誕生する過程が描かれる。北條家の祖となった北条義時が主人公で権力の座を巡るバトルが繰り広げられる。

 

「鎌倉殿の13人」とは、源頼朝の急死後に嫡子頼家をサポートするために発足した御家人による集団指導体制のことで、北条時政,北条義時,大江広元,三善康信,中原親能,三浦義澄,八田知家,和田義盛,比企能員,安達盛長,足立遠元,梶原景時,二階堂行政が名を連ねている。この時37歳の義時は最年少だった。

 

1992年、鎌倉は「武家の古都・鎌倉」として世界遺産暫定リストに掲載されたことがあるが、2013年「物的証拠の少なさ」を理由に登録には至らなかった。

鎌倉は歴史的にも文化的にも魅力あふれる場所、コロナが収束し心置きなく散策を楽しめる日が訪れることを願っている。

鎌倉観光マップに掲載されている『幻の世界遺産』の主な19か所は以下の通り

      

  ・朝比奈切通
  ・円覚寺
  ・覚園寺
  ・亀ヶ谷坂 
  ・化粧坂
  ・建長寺
  ・高徳院
  ・極楽寺
  ・称名寺
  ・寿福寺
  ・浄光明寺
  ・瑞泉寺
  ・大仏切通
  ・東勝寺跡
  ・名越切通  
  ・北条氏常盤亭跡
  ・法華堂跡
  ・永福寺跡
  ・和賀江嶋

 

真冬の晴れ間に金沢文庫にある「称名寺」を初めて訪ずれた。
京浜急行の金沢文庫駅から徒歩10分ほどにある称名寺は、国の史跡指定を受けており鎌倉文化を今に伝えている。北条実時(泰時は叔父にあたる)が13世紀中頃に屋敷内に建てた持仏堂が寺の起源とされている。

 

北条実時は武家の図書館「金沢文庫」の創始者としても知られ、寺に隣接した「金沢文庫」では、北条氏が収集した美術品や書物が展示公開されている。 寺の裏側は散策コースとなっており、金沢山の山頂にある八角堂広場は八景島、野島、海の公園といった金沢の海を一望することができる。

 

『源頼朝にすべてを学び、武士の世を盤石にした二代執権・北条義時。野心とは無縁だった若者は、いかにして武士の頂点に上り詰めたのか。』三谷幸喜による脚本はどんな展開になるのだろうか。

2022年2月 「北京五輪とウクライナ」

世界中でオミクロン株が心配される中、北京での冬季五輪は問題を抱えながらも無事終了した・・・かにみえたが、その裏でロシアによるウクライナ侵攻がはじまった。

 

北京大会で日本は過去最高の計18個のメダルを獲得した。金メダルに輝いたのは「自分の全てを出し切ることができた」と語ったスピードスケートの高木美選手、「命張っている」と語ったスノーボード男子ハーフパイプの平野歩選手、「やっぱり特別」と喜ぶノルディックスキー・ジャンプ男子の小林陵侑選手だ。 金メダルはやはり特別だが、印象に残ったのは以下の選手たちだった。


【団体混合ジャンプでの高橋沙羅選手 】
1回目はスーツの規定違反により失格となるが、何とか気持ちを奮い立たせて飛んだ2回目のジャンプはK点を超えた。1回目の失格が響き、表彰台を狙っていた日本は4位になった。高梨選手のインスタに載せられたメンバーやスタッフへ謝罪と感謝の言葉が痛々しかった。

 

【本番では失敗に終わった羽生弓弦選手】
前人未踏の4回転半ジャンプに挑戦したが転倒し、3連覇の目標は成らなかった。今後についての問いに「大好きなフィギュアスケートを極めていけたら」「あしたの自分が、きょう見た時に胸を張っていられるように過ごしていきたい」と語った。

 

【カーリング女子 ロコソラーレの選手】
予選のデンマーク戦。最後の最後で3点を取り、逆転勝利に導いた藤沢の一投は素晴らしかった。 金メダルをかけた決勝の相手は、前回平昌大会の3位決定戦で勝利した英国。今回は力を出し切れずに敗れたが、堂々の銀メダルである。氷上のチェスと言われるカーリングを存分に楽しませてもらって感謝している。

 

ロシア国旗は、上から白・青・赤と並んでいるが、白はベラルーシ人、青はウクライナ人、赤はロシア人を示していると知った。17世紀末、軍事や行政で西欧化を推し進めて列強の一角に食い込んだピョートル大帝の時代に定められたといわれている。 世界のいたるところで覇権主義がはびこり、○○ファーストが叫ばれているが、振り返ってみると、過去の日本も戦国時代や世界大戦時代など戦いの道を歩いてきたように思う。人はどうして同じ過ちを繰り返すのだろうか。

 

北京五輪閉会式の翌21日、ロシアはウクライナ東部の親ロシア派が支配する地域の独立を承認し、その後首都キエフや主要都市への侵攻を続けている。ウクライナ情勢の緊迫や、感染力のより強い新型コロナウィルスBA.2が広がり、気の休まらない日々が続いている。「無理強いでは愛は得られない」というロシアのことわざがある。命より尊いものはない。かけがえのない地球上の民族同士として知恵を出し合って欲しい。

2022年3月 「また、桜の国で」

ウクライナ情勢がますます緊迫度を増す中、第二次世界大戦のポーランドを舞台にした須賀しのぶの「また、桜の国で」とチェコスロバキア民主運動を指揮したヴァ―ツラフ・ハヴェルの「力なき者の力」を思い出した。


「また、桜の国で」
ポーランドでのワルシャワ蜂起を踏まえた小説。白系ロシア人を父にもつ棚倉慎は、ポーランド大使館に書記生として赴任する。ショパンの「革命のエチュード」が祖国ポーランドを鼓舞するなか、ナチスによるドイツの進行が始まる。何とか外交努力で戦争を回避しようと試みる慎だが、ドイツによるポーランド侵攻をきっかけに日本はドイツ側で戦いに参戦し、戦況は悪化する。慎は、シベリア孤児のカミル、ポーランド国籍のカメラマンのヤンと桜の国での再会を約束するが・・・。

 

「力なき者の力」
チェコのプラハを旅行で訪ねた後に読んだ、元大統領ハヴェルの著書。
ソ連が中心となったワルシャワ条約機構軍がプラハを占領するなか、民主化のための運動「プラハの春」が進行するが、市民の努力もむなしく革命は失敗に終わる。しかし1989年、ハヴェル率いる反政府勢力が、チェコスロバキア共産党による全体主義体制を倒す。この革命は非暴力的を貫いたことから、軽く柔らかなビロードの生地に例えられ「ビロード革命」と呼ばれた。革命の指導者として人々を勇気づけた元劇作家のハヴェルは、革命後にチェコスロバキアの新たな大統領に就任して「力なき者の力」を著した。

 

ウクライナでは、23日までに国外へ逃れた難民は367万人を超え、ポーランドが受け入れた難民は200万人を超えるという。国家とは、アイデンティティーとは、戦争とは、平和とは・・今を生きる一人一人に重い課題が突き付けられている。リビングから見える桜はいつものように美しいが、今年のさくらは愁いを含み涙ぐんでいるようにみえる。

2022年4月 「三体」と星月夜

ウクライナ情勢とコロナ関係のニュースに心が晴れず、うつうつとした気持ちになる。 そんな時、自分の世界に浸れるのは読書だ。劉 慈欣の「三体」「三体Ⅱ上下」「三体Ⅲ上下」を楽しんだ。

 

「三体」
物理学者である葉哲泰(イエ・ジョータイ)は妻の密告により、娘の葉文潔(イエ・ウェンジエ)が見守る文化大革命の糾弾集会で公開処刑される。人類に絶望した葉文潔は、配属された巨大パラボラアンテナを備えた中国の秘密基地から、地球文明の情報を宇宙に向けて発信し続ける。

 

三体星人の住む星では、3つの太陽の不規則な軌道により生存が過酷な環境になり、地球に移り住む計画を建てる。三体星人は、地球にたどり着くまでの400年間、人類の進化を妨げるため「智子」というナノマシンを地球に送りこみ、情報を収集して人類の物理学の発展を止めてしまう。

 

「三体Ⅱ」
地球人の三体星人に対する作戦は、智子によってすべて筒抜けになるが、三体星人には人類が頭のなかで考えることは読み込むことができないという弱点があった。人類は面壁作戦という方法を考え出し、人類最高の4人を面壁者として選抜して彼らの頭のなかだけで侵略を阻止する計略をたてる。

面壁者の一人である羅輯(ルオ・ジー)は、自分の身に何か起きたら三体世界の座標が全宇宙に送信されると三体星人を脅す。地球に巨大な重力波アンテナを構築したことが抑止力になり、三体星人との均衡が保たれる。

 

「三体Ⅲ」
エンジニアの程心(チェンシン)は羅輯から執剣者2代目を引き継ぎ、三体世界に人類を送り込むという階梯計画をたてる。宇宙船の航路上に燃料を配置して、水爆の力で移動していくという方法で雲天明が送り込まれる。三体星でよみがえった雲天明は、創作したおとぎ話に機密情報を忍ばせて地球に情報をつたえた。

 

他の宇宙文明から地球に対して暗黒森林攻撃がなされるが、攻撃方法は恒星の破壊ではなく、三次元宇宙の二次元化だった。

程心は曹 彬(ツャオ・ビン)から、冥王星の地下博物館から収蔵品を運び出し二次元化されるように宇宙空間にばらまいて欲しいと頼まれる。博物館の羅 輯 (ルオ・ジー)から持ち出しを頼まれた絵の中には「モナリザ」とゴッホの「星月夜」が 含まれていた。.(太陽系のすべてが二次元世界に崩落していくという説明にゴッホの『星月夜』が引用されていたのは興味深かった。 )

 

本文より
『空間表現はひも理論のよう。空間は物質と同じように無数の微細な振動する弦でできている。 ゴッホの絵にはまさにその弦が描かれている。彼の絵の中では山や麦畑や家々や樹木と同じように、空間そのものが微細な振動に満たされている。ゴッホの「星月夜」は三次元世界の二次元への埋没を著している。

二次元の太陽と木星の大部分が平面に崩潰していた。その空は「星月夜」そっくりだった。この宇宙では、空間のあらゆる部分が狂気と恐怖に攪拌されて流動し、渦を巻き、震えている。冷気しか発しない苛烈な炎のようだった。星空を別にして、絵に描かれたすべて燃えさかる炎のような糸杉、夜の闇に包まれた村と山々―には遠近感と奥行きがある。しかしその上の星空はまるで立体感がなく、夜空にかかる巨大な絵のように見えた。それは星空が二次元だからだ。ゴッホはどうしてあの絵が描けたんだろう?・・・1889年のゴッホは、五世紀あまりの時を超えこの光景を幻視していたんだろうか。』

 

程心たちは小宇宙#647にとどまることをせず、大宇宙に戻ることを選択して物語は終わる。宇宙の壮大なSF小説で難解な部分もあったが、読み終わると次の作品が待ち遠しくなった。大宇宙に戻った先に未来はないのか・・・旅は、永遠に続くのか・・・

2022年5月 京の青もみじ

五月晴れの3日間、京都の青もみじを楽しんだ。


【1日目】 鞍馬寺から貴船で川床料理
出町柳駅から鞍馬駅に向かう叡電に乗り、この季節に行われるもみじのトンネルの徐行運転で爽やかな新緑を楽しんだ。 鞍馬山駅近くの多門堂で「牛若餅」とお薄で一息いれ、鞍馬寺の仁王門に向かった。豪壮な仁王門から広がる広大な寺域のほとんどがモミやツガの原生林だ。間伐された木々の間には紅葉の植林も多く見られたが、これらの木々たちもいずれは景色の一部となって訪れる人を楽しませてくれるだろう。

 

多宝堂 本殿金堂 霊宝殿を巡り貴船口に戻った後、貴船の風情溢れる「喜らく」で川床料理を味わった。 清流の音色を聴きながら味うお料理は格別である。川床料理をいただいた後は貴船神社にお参りした。

 

【2日目】 哲学の道 銀閣寺・法然院・真如堂・金戒光明寺・平安神宮・永観堂・東西本願寺

銀閣 慈照寺 足利義正が山荘東山殿を造ったのが始まり。参道を入り中門をくぐると池泉回遊式庭園に出る。
国宝の銀閣・銀沙灘・向月台の砂盛が美しい。
哲学の道 銀閣寺から熊野若王子神社までの琵琶湖疎水に沿った2kの小径。哲学者西田幾多郎が散策したことから名がついた。
真如堂 984年に建てられた天台宗の寺。正式には真正極楽寺。境内のもみじと枯山水の涅槃の庭が有名。
昔、母が茶道などのお稽古に通ったという静かな佇まいの寺は、なぜか懐かしい。
金戒光明寺 知恩院とならぶ格式を誇る浄土宗の七大本山の一つで大きなお寺である。
平安神宮 平安京創始者桓武天皇と平安京最後の孝明天皇を祀る広大な神宮。
永観堂 「もう、見頃 緑一色、三千本、新緑の境内巡り」の宣伝にあるように爽やかな緑風が心地よい。
錦市場 京都に来ると必ず訪れる京都の台所だが、コロナ禍で観光客が少なくいつものにぎわいが無く寂しかった。
東本願寺 地元の人には「お東さん」と親しまれている浄土真宗の大本山。京都の祖母や父が分骨され御影堂の須弥壇の下に祀られている。 宗祖・親鸞聖人の御真影が安置されている世界最大級の木造建築で、堂内の畳は927枚と規格外の大きさだ。


【3日目】 泉涌寺・東福寺・三十三間堂

御寺泉涌寺 3週間ほど前にNHKBS放送で紹介された番組を観て、天皇家の御寺であると知った。
ご本尊は釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒如来の三世仏。東山の一峰である月輪山の麓に広がる寺域内には、鎌倉時代の後堀河天皇、四条天皇、および江戸時代の後水尾天皇から孝明天皇に至る天皇陵があり、霊明殿には歴代の天皇や皇后、皇族の尊牌(位牌)が奉安された境内は、厳かな佇まいをみせていた。
東福寺 本尊は釈迦如来。 京都五山の第四位の紅葉で有名な禅寺である。
開山堂への歩廊として架設された天通橋から渓谷・洗玉癇を望む新緑の景色はもみじの雲海のようで素晴らしい。
東福寺の方丈
  • ・南庭 - 八相庭
荒海の砂紋の中に蓬莱、方丈、瀛洲(えいじゅう)、壺梁の四仙島を表現した配石で、右方には五山が築山として表現されている。
  • ・北庭 - 南の恩賜門内にあった敷石を利用し、石と苔を幾何学的な市松模様に配している。
  • ・西庭 - サツキの刈込みと砂地が大きく市松模様に入り、くず石を方形に組んで井田を意図している。
  • ・東庭 - 東司の柱石の余材を利用して北斗七星を構成し、雲文様の地割に配している。
三十三間堂 
  • 天台宗の寺院。本尊は千手観音。建物の正式名称は蓮華王院本堂(れんげおういんほんどう)
    後白河上皇が離宮として建てた法住寺殿があった。
    現在の堂は1266年に再建されたもの。当初の建物は平清盛が後白河上皇のために1165年に建立した。
    1001体の千手観音の他、千手観音坐像や風神雷神像などの国宝が数多く安置されている。

 

久しぶりの京都旅行であそこもここもと歩き過ぎ、あれもこれもと食べ過ぎて少々疲れた。次回はゆったりのんびり過ごしたい。

2022年6月 蘭亭序

書を始める
外部評価調査員を辞したのをきっかけに、長い間忘れていた書道を始めることにした。お手本には「臨書 蘭亭帖」を選んだ。しかし、始めてみると筆の持ち方すらおぼつかない。まず、姿勢を正し、意識を集中させて墨をする。息を整え真っ白な半紙に筆を入れる。だが、中心すら定まらず、力の入れ方も分からず心もとない。「こんなはずではない」と思いながらも、初めの一歩をスタートさせた。墨の香を嗅ぎながら、「長く続けていこう」と誓う。

 

【王羲之による「蘭亭序」】 
書を学ぶ者で蘭亭を学ばない者はいないと言われる手本である。
永和9年(353)3月3日、王羲之は会稽郡の山陰県(今の浙江省紹興市)の蘭亭に当時の学者、政治家、僧侶などの名士を招き曲水の宴を催した。

 

曲水の宴とは、杯を台に載せて上流から流し、杯が自分の前にくるまでに詩を作る。詩が間に合わなければ罰として酒を呑まされるという優雅な遊びである。当日集まったのは王羲之を合わせて43人。その詩集の序文を書いたのが羲之である。

 

【篠田桃紅の墨いろ
篠田桃紅の「墨いろ」に「楽で間違いなくやれることであまり面白いことはない。それを知ることが人生というものに飽きずに生きる秘訣かもしれません」とある。子供の頃の書との出会い、ニューヨークでの個展、墨や拓本のことなど、その時々の想いを書いた随想である。 その中に「蘭亭序」が取り上げられていた。「前人の古く美しいものを写すのは人情の自然であるが、結局自分の書を造るための一つの手段である。それを学んだ空海が日本流の王羲之流の書を作った」とある。

 

漢字は日本に入り、草書体からひらがな、楷書の一部から片仮名が作られ独自の文化を形成した。 学ぶことは果てしがない。今は、智美術館で8月28日まで開催されている「桃紅展」に出かけるのを楽しみにしている。

 

【支那墨】
本棚をごそごそ捜すと二世代前の祖父母が使っていたと思われる墨が見つかった。(写真)墨が入っている箱の表書きには「支那墨」とある。祖父母たちの書はあまり残っておらず、今はもう話を聞けないのが残念でならない。時代を経て枯れた墨を眺めながら当時に思いを馳せている。

 

墨をすり始めると、えも言われぬ香りが心を満たす。目を閉じると無心になる。

目標は3年後。篠田桃紅のリトグラフ「ARRIVED WIND」の隣に掛ける書である。

         蘭亭序     

2022年7月 津軽

下北半島と津軽半島を巡る2泊3日の旅に出た。今回の旅のお供は、青空文庫の太宰治「津軽」である。  太宰は生まれ故郷である津軽地方を3週間かけて旅し、旅先で出会った人々、旧友や家族、育ての親と再開する。 その「序」から
 『ある年の春、私は、生まれてはじめて本州北端、津軽半島をおよそ3週間ほどかかって一周したのであるが、それは、私の30幾年の生涯において、かなり重要な一つの事件であった。私は津軽に生まれ、そうして20年間、津軽に育ちながら金木、五所川原、青森、弘前、浅虫、大鰐、それだけの町を見ただけで、その他の町については少しも知るところが無かったのである。』

 

【1日目】
・三陸鉄道 久慈駅から普代駅
三陸鉄道リアス線は、岩手県大船渡市の盛駅と久慈市の久慈駅を結ぶ三陸鉄道の総称である。2011年3月の東日本大震災による津波で駅舎や線路、橋が崩壊し、鉄道は大きな被害を受けた。今回訪ねたのは、復旧が困難な状況の中「このような時にこそ、地域の足としての役割を果たそう」と、わずか5日後には運行を再開した比較的被害の少なかった北リアス線の区間である。「さんてつ」の愛称で親しまれ、2013年の朝ドラ「あまちゃん」の舞台としても話題になった。震災後造られた 防波堤に遮られた箇所もあったが、ゆったりとした時間の中で車窓からの風景を楽しむことができた。

 

・北山崎展望台 
岩手県の下閉伊郡田野畑村にある。海のアルプスと言われる高さ200mの断崖が連なる景勝地で、展望台からは断崖絶壁と美しい海を一望することができる。

 

・湯の島
浅虫観光港から西北800mの沖にある直径およそ400メートル 、周長約1.5キロメートルの島で、約600~700万年前の火山活動によってつくられた。海との際に赤い鳥居と弁財天を祀る祠を見ることができるが、刻々と変化する夕焼けに染まるそのシルエットの美しさは今でも心に残っている。

 

【2日目】
・仏ヶ浦  国指定天然記念物の奇岩群
奇岩群は、1500万年前に海底火山から噴出した火山灰が押し固められたものが、雨や波で削り取られたものだ。神秘的に並ぶ巨岩・奇岩群には極楽浜、如来首、五百羅漢、一ッ仏、観音岩など仏教に因んだ名前が付けられている。岩の主成分は緑色凝灰岩で、落ちているかけらを握る崩れるほどもろい。

 

・恐山
日本三大霊山(比叡山と高野山)の一つである。立ちこめる硫黄泉と荒涼とした風景は、恐山の名にふさわしいが、旅行中ここだけ雨にたたられた。東日本大震災犠牲者追悼のために極楽浜に建てられた地蔵菩薩像のほかは136もの地獄である。しょぼ降る雨の中、順路に従い地獄めぐりをするが、地獄はここだけにしてほしいと願わずにはいられなかった。

 

【3日目】
・竜飛岬  
西は日本海、北は津軽海峡、東は陸奥湾と三方を海に囲まれ、強い海風が吹くところから「風の岬」という異名がつけられた岬だが、この日は快晴。「津軽海峡冬景色」の歌のイメージとは異なり、穏やかな海峡を挟んで北海道の松前半島や函館山を遥か彼方に望むことができた。その美しい景観は、ヨーロッパ大陸の最西端、ポルトガルのロカ岬を想わせた。


階段国道
日本で唯一、車が通れない不思議な国道339号線。その由来は、階段があった場所を含めた道路整備をする予定で国道に指定したものの、70mという高低差や民家が密集しているという条件に阻まれて、階段部分は改良がなされぬまま現在に至っているそうである。

 

・鶴の舞橋
岩木山の雄大な山影を湖面に映す津軽富士見湖に、日本一長い300メートルの三連太鼓橋として架けられた。橋は優しいアーチ状で、鶴と国際交流の里・鶴田町のシンボルとされている。

 

小説「津軽」の最後で、太宰は養母であったたけと30年ぶりに再会し、自分のガラッパチな本性が育ての親のたけによるものだと知る。

旅のお供に「青空文庫」は最適である。

2022年8月 上高地の熊

8月初旬、涼風を求めて上高地に出かけたが、上高地を初めて訪れたのは44年前の8月のことだった。何気なく観ていたドラマのタイトルバックに流れていた大正池や河童橋から眺める雄大な穂高連峰、安曇野のワサビ田の美しい映像に魅せられた。 こんなに美しい景色が日本に存在することに感動した。

 

どのアングルも絵葉書以上に美しい。是非訪ねたい、と心ははやるが、上高地内は国立公園に指定されており、慌てて探しても宿はすべて満室である。それでもあきらめきれず、なんとかならないものかと探し出したのが、梓川の傍に佇む山小屋のような坂巻温泉だった。

 

上高地は今年で7度目になるが、上高地内に泊まったのは1度だけで後は坂巻温泉でお世話になっている。宿の場所は1978年当初とは変わったが、今も山間の一軒宿であり素朴なお料理と硫黄を含んだ豊かな温泉が出迎えてくれる。

 

近年の風水害により大正池や梓川に土砂が流れ込み昔と比べると景観も変わってきているが、カラマツ林を抜ける爽風や明神池の神々しさに心を洗われている。 大正池に流れ込む土砂などは、オフシーズンに重機を使って運び出すなど景観維持に努めているそうだ。

 

今回驚いたのは、上高地地域にツキノワグマの目撃情報が多数寄せられていることだった。河童橋の近くには小梨平キャンプ場もあり、あちこちに熊目撃情報の注意が掲示されていた。 人が多い場所に昼間から熊は出ないだろうと高をくくっていたが、訪れた前日には五千尺ホテルの裏で目撃され、散策していた当日は、ウィストン碑近くで、私たちが通過した30分後に目撃されたと知った。自然の中に人間が踏み込んでいることを改めて思い知らされ、明神池のある穂高神社でクマよけの鈴を購入し、チリンチリンの音をお供にバスターミナルまで下った。

 

上高地を世界に紹介したのはウォルター・ウェストンで、日本に登山をレジャーとして広めた功績は大きい。その山行きの案内をしたのが地元安曇村生まれの猟師・上條嘉門次で、明神池の手前に山小屋を兼ねた嘉門次小屋がある。 上高地は散策エリア、自然探勝エリア、トレッキングエリア、登山エリアの4つに分かれているが、登山エリアに挑戦したことはない。図のツキノワグマ目撃直近情報は、上高地インフォ―メーションセンターから提供されている。

 

上高地地域のツキノワグマ対策実践マニュアルには
「北アルプス上高地は、国立公園や特別名勝・特別天然記念物に指定されており、わが国を代表 する山岳景勝地であり多くの利用者が訪れるとともに、ツキノワグマの生息地の核心部でもある。 このように、人とツキノワグマが利用地域を重複させていることから、ツキノワグマの生息地を 保護しながら人的被害を未然に防止し、両者の適切な共存を図ることが求められる。」と記されている。

 

上高地はその美しい景観から「特別名勝」と「特別天然記念物」の称号を与えられている。

いつまでもいつまでも心のふるさととして美しく存在し続けて欲しい。

2022年9月 宇宙の未来

26日、NASAは 無人探査機DARTを小惑星ディモルフォスに体当たりさせて軌道を変えるという世界初の「地球防衛」実験をおこなった。探査機が小惑星に衝突した映像は生配信されたらしいが、その瞬間を見逃してしまった。これは危険な小惑星の衝突などから地球を守る実験であり、新しい時代の始まりである。

 

小惑星ディモルフォスは、直径約160メートルで、エジプトのピラミッドほどの大きさで地球から約1100万キロ離れている。ディモルフォスは、より大きな小惑星ディディモスを11時間55分で公転しているが、今回の衝突によってその周期が10分ほど短くなるとされている。

 

29日には「宇宙の未来2022」がバーチャルで開催された。JAXA理事長(山川宏)が基調講演を行い、テーマに沿ってパネルディスカッションが行われた。 世の中暗いニュースばかりの中、未来へとつながる宇宙研究に夢が広がる。

 

今回のテーマは以下の5つ
【アルテミス計画 月面探査が拓く未来 なぜ今再び月なのか
約50年前の「アポロ計画」以来、人類の月面着陸を目指した米国が主導する「アルテミス計画」がいよいよ始まる。 NASAは「アルテミス1」の打ち上げ計画を9月28日に予定していたが、熱帯低気圧接近のため10月3日に変更した。月面プロジェクトの最前線、国際協力の展望、月面での居住の可能性、なぜ再び月なのか、などが論議された。

 

昔、子供たちからプレゼントされた《月の土地の所有権》は果たして有効なのだろうか、とふと思った。 調べてみると、月の土地を販売しているのは、アメリカ人のデニス・ホープ氏。 ホープ氏は「月は誰のものか?」という疑問を持ち、法律を徹底的に調べると、世界に宇宙に関する法律は1967年に発効した宇宙条約しかないことが分かった。この条約では、国家が所有することは禁止しているが、個人が所有してはならないということは言及されていなかった。それを根拠に合法的に月を販売しようと考え、1980年にサンフランシスコの行政機関に出頭し所有権の申し立てを行い、正式に受理された。証明書のことはすっかり忘れていたが、何だか夢があって楽しい。

 

    火星探査の最前線 加速する日米協力】

地球環境が限界に近づく中、太陽系の惑星で地球に一番近い火星は人類の未来を拓く可能性のある存在としてより一層注目を集めている。人類が火星に住む未来は来るのだろうか。

劉慈欣の小説「三体」を思い出す。地球に最も近い 恒星系の惑星である三体星の世界は、質量がほぼ一致する3つの恒星からなるため過酷極まりない。そのため地球の文明を滅ぼし三体の文明を取り入れようとする。三体星人は、地球に確実に移民するために地球社会と人類を消し去る計画をたてる・・・が。 

 

    動き出す日本の宇宙港 アジアのハブへの挑戦】

人工衛星を載せるロケットを発射場や宇宙旅行の発着拠点になる「宇宙港」を日本国内に整備する動きが本格化しているという。日本が目指すのはアジアの宇宙ハブ、頑張って欲しい。

 

  1. 【宇宙を舞台に地球の課題解決~衛星データ活用の現在と未来】

人工衛星を利用して地球上のデータを収集し、様々な社会課題を解決しようとする動きが広まっている。戦争の道具としてではなく平和利用に役立ててほしい。

 

【持続的宇宙空間への挑戦】
地球周辺の宇宙空間にあるロケットの残骸や使われなくなった人工衛星、これらの破片など多数の「宇宙ゴミ(スペースデブリ)」が宇宙開発を進めるうえで大きな問題になっている。

 

理化学研究所では高強度レーザーによるスペースデブリ除去技術を開発し、JAXAでは「IDEA OSG 1」という衛星でデブリの位置と大きさを調べて分布図を作り、「ELSA」という宇宙を“掃除する”衛星で、デブリを除去する計画がある。寿命を迎えた人工衛星を捕獲した後、推進力を使って大気圏に突入し、最後はデブリと一緒に燃え尽きる。500kgぐらいまでのサイズのものを除去する計画だ。

 

宇宙旅行が現実のものとなる未来に向け日本の知恵が役立ってほしいと、願わずにいられない。

2022年10月 八ヶ岳とシルクロード

晴天に誘われ八ヶ岳を訪れたが、深まりゆく秋の景色と平山郁夫シルクロード美術館の作品群に心を洗われた。

野辺山宇宙電波観測所
標高1350mにある観測所は、水蒸気が少なく人口の電波が少ないところから観測に最適とされていて、 見学者も入口を入ると携帯の電源も落とすようにと指示される。
入口で出迎えてくれるのは、以前活躍していた6台のミリ波干渉計。展示室は残念ながら閉館中だったが、奥にある45m電波望遠鏡は、ミリ波観測では世界最大級といわれ1982年から現在まで活動し宇宙研究に貢献している。

 

【吐竜の滝】
川俣川渓谷沿いにありパワースポットとして知られている。 東沢大橋まで続くハイキングコースになっている。


【清泉寮
遠方に臨む富士山に感動し、広々した展望テラスで一息入れる。  清泉寮で作られている乳製品は濃厚で絶品。


東沢大橋】
東沢渓谷に架かる90mの赤いアーチ橋。八ヶ岳連峰を背景に紅葉が美しい。 ホテルに戻りTVをつけると大橋の紅葉がリポートされていた。


サンメドウス 清里テラス】
スキーリフトで標高1,900mの頂に着くと、のんびりと寝転ぶことができるソファが置かれている。テラスからは秋色に染まる八ヶ岳と雪をいただく富士を眺めることができ、澄み切った大空の下、みな思い思いの秋を満喫している。

 

【平山郁夫シルクロード美術館】

・シルクロードコレクション 
西はローマから東は日本まで約37か国の地域で作られた古代から現在に至る絵画、彫刻、工芸品など10000点以上収集されている。その説明書きに「平山夫妻は、昭和43年以来シルクロードの美術品を収集してきました。近年、多くのシルクロードの文化遺産が、民族紛争や政情不安により危機に直面していることから、平山郁夫はシルクロード文化への理解と保護の重要性を訴えるため、コレクションを寄付、ここに公開するに至りました」とある。その素晴らしい作品群を言葉で表現することはできないが、パキスタンの仏伝浮彫「初転法輪」やインド マトゥーラの仏陀座像と静かに向かい合うことができた。

 

・絵画作品
日本文化の源流を求め150回以上シルクロード各地を旅して描かれた作品や素描などを観ることができる。「求法高僧東帰図」「祈りの行進 聖地ルルド・フランス」「楼蘭遺跡を行く・日」「楼蘭遺跡を行く・月」などに込められた作者の祈りに思いをはせた。

 

「パルミラ遺跡を行く・夜」
画家が終生描いてきたシルクロード絵画の集大成である。シリアのパルミラ遺跡を背景にラクダの隊列を朝陽のオレンジ色と月夜の群青色であざやかに対比している。過激派組織による破壊や、シリア軍による奪還が報じられているパルミラ遺跡だが、いにしえの昔、パルミラはシルクロード交易の中継地として栄華を極めたオアシス都市であった。


「楼蘭遺跡を行く・日」
晩年の平山郁夫はシルクロードの砂漠を往来するラクダのキャラバンを描く「大シルクロード・シリーズ」を相次いで発表した。シリーズでは群青色とオレンジ色を基調とした作品が対になり、夜と朝、月と太陽、東と西が対比されている。駱駝のキャラバンは、楼蘭、アフガニスタン、インドのジャイサルメール、シリアのパルミラ遺跡を背景に東から西へと進んでいく。隊商の向かう先には、ユーラシア大陸の果て、トルコ、エフェソスそして、シルクロードの終着地点、ローマである。 砂漠とラクダの隊商の幻想的なイメージは、悠久の時を越えた平和への祈りを感じ都心の美術館とは一味違う時空を楽しんだ。

2022年11月 紅葉と竹田城跡

紅葉を巡る4日間の旅は驚きの連続だった。これほどまで華やかに色付いた秋を見ることはこれからもないだろう。

今回は、奈良、京都、兵庫、滋賀の4県をワイドに駆け巡るツアーに参加した。団体ならではの早朝・夜間の特別拝観もあり、ゆっくりと紅葉をめでることができた。新幹線の三河安城駅から出発するバスの全走行距離は890Km、東京・大阪間の距離を超える。それぞれの寺社は山を背景にしているため階段ばかりでかなりしんどいが、紅葉をめでながらの散策はそんな疲れも癒してくれた。 (天空の山城 竹田城跡)

 

【奈良】
〇室生寺
天武天皇の勅願によって建立されたと伝えられ「女人高野」の別名がある。五重塔、弥勒堂などが建ち並び、本堂や鎧坂にかかる紅葉は見頃で美しい。

〇長谷寺
686年に僧道明上人が天武天皇のために銅板法華説相図(国宝)を西の岡に安置したことに始まる古刹。約200mの屋根のある回廊や登廊の景色はなんとも見事。国宝の本堂では三方が開けた舞台から色鮮やかな背景を望むことができ、現世を忘れるほどだ。

 

【京都】
〇清水寺
798年、坂上田村麻呂が僧延鎮に堂宇を寄進し建立した。清水の舞台で有名な本堂は寄棟造りで、1994年世界文化遺産にも登録された。鮮やかに染まった紅葉と、国宝の荘厳な本堂と舞台と紅葉が眺められる奥の院からの眺望は見事だ。

 

〇南禅寺
臨済宗南禅寺派の大本山。約4万5000坪という広大な境内が、秋の紅葉シーズンには約200本ものカエデが色付き紅葉一色となる。日本3大門の一つに数えられる重厚な三門に紅葉が映え、楼上から市内や伽藍も一望できる。日本の全ての禅寺の中で最も高い格式を持っている。


・「水路閣」室町時代の歴史の中にありながらローマ帝国の水道橋を彷彿させる「水路閣」は1888年に完成した。「水路閣」と呼ばれる赤レンガのアーチは触ることもでき、階段を登った上から水路を眺めることもできる。


・「天授庵」2013年盛秋「そうだ 京都、行こう。」キャンペーンの舞台になった紅葉で有名な塔頭。無関普門禅師を祀る塔所として建立されたお寺で、正門前には「開山大明國師霊光塔」の碑が建っている。

 

〇 妙覺寺(ライトアップ)

〇妙顕寺(ライトアップ)

日像聖人建立の京都における日蓮宗最初の寺院=妙顕寺、織田信長が京都での定宿所としていた妙覺寺。初めて観るライトアップされた境内の紅葉は幻想的。

 

【兵庫県】
〇光明寺
総門を入って左に分岐する参道で、両側に楓の古木が枝を広げて並び、美しい錦のトンネルをつくり「もみじ参道」と呼ばれている。説明には「約200mの間に250本程の紅葉が植えられており、秋には錦彩る紅葉の木々が、大きな友禅染の布を広げたような美しさになります。」とある。

 

〇竹田城跡
古城山の山頂(353m)にある山城で、「 虎臥城」とも呼ばれている。山城としては大きく、天然の要塞を持っている。羽柴秀長(豊臣秀吉の弟)などが改修を重ねたが1600年に廃城となり、現在は石垣が残るのみだが、その景観から天空の城と呼ばれている。今回は雨で雲海に浮かぶ城は見られなかったが、廃城にしっとりとした雨はふさわしい。

 

【湖東三山】滋賀県  三山すべてが全山紅葉で包まれる
〇百済寺(ひゃくさいじ)
81haもの境内は2008年に国史跡の指定を受けている。「天下遠望庭園」の紅葉風景は、「日本の名庭百選」に選ばれている。

 

〇金剛綸寺
境内にある紅葉は、鮮やかな深紅に映え、まるで血で染めたように真っ赤に見えることから、血染めの紅葉と呼ばれている。

 

〇西明寺
全山がいろづく中には、約350年以上となる古いモミジもある。この時期には、県天然記念物である不断桜やザンカの花が紅葉に色を添えていた。池泉回遊式蓬莱庭園は、国指定の名勝庭園となっている。

 

山城の竹田城跡、滋賀の光明寺の紅葉トンネル、東湖三山の百済寺や西明寺など・・・色とりどりの紅葉を浴びながら・・・秋の名残を楽しんだ。

室生寺「仁王門」 長谷寺「回廊」
清水寺 「奥の院」 南禅寺「天授庵」
妙顕寺ライトアップ 光明時「もみじ参道」
金剛輪寺「血染めの紅葉」 西明寺「本堂」

2022年12月 一隅

11月から12月にかけて開催されたW杯カタール大会では、日本の活躍にエールを送り、連夜の白熱した試合に手に汗を握った。3位決定戦や決勝戦では、早朝4時に起きたり深夜の3時まで起きていたりで、すっかり体内時計が乱れてしまった。 W杯は感動のうちに閉幕したが、ウクライナ情勢は収束のめども立たたずますます混迷を深めている。

 

ウクライナのゼレンスキー大統領は21日アメリカを電撃訪問し、米議会でより一層の支援を求めた。ウクライナ紛争は24日で10か月になるが、このままでは交戦は終わらない。日本を含めた第三国の英知に期待したいが、解決策は簡単には見いだせない。

 

わが家では、慌ただしい年末に給湯器の交換やトイレのリフォームをすることになった。半導体不足の影響を受けてトイレ交換は1か月待ち、給湯機に至っては半年待ちと言われ、日常生活の中に半導体不足が深く関わっていることに驚かされた。その後あちこちの業者に掛け合い、給湯器も何とか1か月半ほどで交換することが出来た。お風呂が使用できない間はやむなく最寄りのスーパー銭湯に通うことになったが、インフラを破壊されているウクライナの人々の苦しい生活はいかばかりかと思う。

 

最近加わったわが家のヒット商品に、リビングのフロアースタンドがある。読書の時、手元を明るくしようとなぜもっと早く気づかなかったのか、今思うと不思議なほどだ。

 

紅葉を求めて京都や奈良を巡ったときに複数のお寺で「一隅を照らす」という言葉に出会った。天台宗の僧侶、最澄の語った全文は「一隅を照らす、これ則ち国宝なり」で、「片すみの誰も注目しないような物事に、ちゃんと取り組む人こそ尊い人」という教えだという。意味は全く異なるが、スタンドで一隅を照らすと、いままで気づかなかったことに気づけたような不思議な気持ちになった。この一隅は私の心地よい居場所である。