2023年1月 風景との対話

年末の大掃除を終えた部屋に鈴木有哉の「富士」の絵を掛けると、一気にお正月を迎える改まった気持ちになる。玉堂美術館の初代館長を務めていた大叔父にあたる鈴木有哉のお宅を訪ねたのは、もう何十年も昔のことだ。青梅の川のほとりに佇む自宅兼アトリエには、沢山の作品が無造作に置かれていたが、歳を重ねるごとに明るい色彩を使うことが多くなってきたと穏やかに語っていたのを思い出す。

 

東山魁夷の「風景との対話」を読み、作者の美に対する心にふれ「美の根源」に気づかされた。その文章は素晴らしく、読んでいて心が穏やかになる。

 

著書について、川端康成が次のようなコメントを寄せている。
『美しくさはやかな本である。 読んでいて、自然の掲示、人間の浄福が、清流のやうに胸を通る。これは東山魁夷といふ一風景画家の半生の回想、心の遍歴、作品の自解であるが、それを通して、美をもとめる精神をたどり、美の本源をあかさうとするこころみは、つまり、個を語って全てを思ふねがひは、静明に、温和に、そして緊密に果たされている。散文詩のやうな文章が音楽を奏でている。 』

 

数ある作品の中で唐招提寺障壁画などの大作も素晴らしいが、1950年の「道」、1953年の「たにま」、京都小景の「落柿舎」「宵山」「一力」「雪の石庭」などの作品に心惹かれる。

 

第4章 ひとすじの道
野原に延びるひとすじの「道」は本のタイトルの「風景との対話」そのものに思えてくる。「道」の構想は、青森県種差海岸の牧場でのスケッチを見ているときに浮かんできたというが、現実の風景でなく、象徴の世界の道だという。「道」を眺めていると、どこかにあるであろうこの道をいつか歩いてみたいと思う。

第22章 古都慕情
『晴れた日、緑青色の山の繁りに群所色の雲の影が落ちる。それは大和絵の風景である。雨の日は、薄墨で幾重にも暈かし、霧が山襞を明らかにして、水墨画の世界となる。』まさに日本画の世界である。


文の中に、南禅寺、永観堂、真如堂、苔寺など懐かしい名前が出てくる度にドキドキするのはなぜだろう。

最近、日本画の精神性の奥深さに気づかされることが多いが、新年早々素晴らしい本に出合えたことに感謝している。

2023年2月 ひまわり

2月24日、ロシアがウクライナに侵攻してから1年が経った。情勢は沈静化するどころか各国の思惑も絡み先行きが見えない悲惨な状況が続いている。映像の世紀バタフライエフェクト「スターリンとプーチン」の再放送を観て、この世に神様は存在しないのかと暗澹たる気持ちになった。

 

高校時代、トルストイやドフトエフスキーなどのロシア文学が好きでよく読んでいたが、友人と観たロシア映画「戦争と平和」のリュドミラ・サベーリエワの可憐なナターシャにドキドキしたのが忘れられない。戦争と平和について考えさせられたものだった。

 

52年前のイタリア映画「ひまわり」のロケ地であるウクライナへのロシアの侵攻を受け、映画館や地方自治体によるチャリティー上映会が日本各地で開催されて話題になった。

 

【ひまわりのあらすじ】
冒頭のシーンで地平線のかなたまで続く一面のひまわり畑に、哀愁のメロディが流れていく。
舞台は、第二次世界大戦後のイタリアから始まる。ロシア戦線から帰ってこない夫アントニオの生存を信じ、ジョヴァンナ(ソフィア・ローレン)は、スターリン亡き後のロシアへ夫を捜しに行く。 かつてイタリア軍が戦っていたウクライナの村で夫の写真を見せて回るが一向に消息が掴めない。 その果てしなく続くひまわり畑で、地元の人がジョバンナに語りかける。

 

  イタリア兵とロシア人捕虜が埋まっています
   ドイツ軍の命令で穴まで掘らされて
   ご覧なさい
  ひまわりやどの木の下にも麦畑にも
   イタリア兵やロシアの捕虜が埋まっています


戦地で記憶喪失になったアントニオは、現地のロシア人女性マーシャ(リュドミラ・サベーリエワ)と知り合い、娘と3人で穏やかに暮らしていた。ジョヴァンナとアントニオは、年月が運命を分けてしまったとあきらめかけるが、お互いへの思いは消えていないことを知りエンディングへと繋がっていく。

 

この「ひまわり」でロシア人女性マーシャを演じていたのが「戦争と平和」のヒロイン、リュドミラ・サベーリエワだったのを知り、ますます複雑な心境になった。2つの映画共に、映画史に名を残す名画として知られているが、ロシアによるウクライナ侵攻の中で「戦争とは何か」を改めて考えさせられている。

2023年3月 WBC

3年に1度開催されるWBCでBグループに入った日本は、メキシコを破り決勝に進むと圧巻の投手リレーで王者アメリカを破り世界一に輝いた。その試合はドラマよりもドラマティックなストーリーになった。 日本中が心一つになり沸き立ったのはいつ以来のことだろうか。それぞれの登板投手と結果は以下のとおり、7戦負けなしの完全優勝だった。


9日 対中国 大谷翔平(エンゼルス) 8-1
10日 対韓国 ダルビッシュ有(パドレス) 13-4
11日 チェコ 佐々木朗希(ロッテ) 10-2
12日 オーストラリア 山本由伸(オリックス)  7-1
16日 準々決勝 イタリア 9-3 大谷翔平(エンゼルス) 伊藤 今永 ダル 大勢
21日 準決勝  メキシコ 6-5 佐々木朗希(ロッテ) 山本 湯浅 大勢 中村 甲斐 大城
22日 決勝    アメリカ 3-2 今永昇太(DeNA) 戸郷 高橋 伊藤 大勢 ダル 大谷

 

野球がこんなにも楽しく、刺激的で人々に感動を与えるスポーツだったとは・・・。
どの試合も手に汗握る戦いだったが、準決勝のメキシコ戦と決勝のアメリカ戦は史上まれにみる好試合となった。

 

【メキシコ戦 】
先発の佐々木朗希は四回にL・ウリアスに先制3ランを浴び3失点する。七回、2死から近藤の安打と大谷の四球でチャンスを作ると、吉田が右翼ポール際に飛び込む3ランを放ち同点に追いつく。直後に2点を失ったが、八回に代打・山川の犠飛で1点差とすると、九回にそれまで不振だったヤクルト村上の2点タイムリーで逆転し日本がサヨナラ勝ちを収めた。

 

【アメリカ戦
大谷で始まったWBCは大谷で終わった。全てはこの結末を迎えるために準備されていたのかと思えるようなストーリーだった。3―2で迎えた九回に登板した大谷は先頭打者を四球で歩かせるが、1番のベッツを併殺に打ち取り2アウト。いよいよ最後の打者にエンゼルスの同僚トラウトを迎えた。大リーグでMVP経験のある日米のスターの直接対決に、場内だけではなく日本中が固唾をのんで見守る。大谷は160キロを超える速球でトラウト追い込みフルカウントになるが、最後はスライダーで三振を奪った。グラブと帽子を投げ捨てる大谷に仲間が駆け寄り歓喜の輪が広がり、日本中がどよめいた。「世界一の選手になりたい」と海を渡った大谷は、投打の二刀流で大会のMVPに輝き、試合後のインタビューで 「間違いなく今までのベストの瞬間だった」と語った。

 

【テニス マイアミオープン
日ごろ野球にあまり関心がない人たちもWBCで大いに盛り上がったのをみて、野球やサッカーなどの団体戦は日本人の性格によく合っているスポーツだと思った。同時期の同じマイアミでマイアミオープンテニスが開催されていたが、試合に参加していたダニエル太郎(日本男子で2番手)もローンデポ・パークでメキシコ戦を観戦し大いに刺激を受けたという。

 

キャスパー・ルードらトップ選手らに勝ち今年になって好調のダニエルは、小学生以来という野球観戦を『ものすごくいい経験だった。あの試合の流れは、本当に奇跡みたい。9回裏で大谷がトップで打席に入った時、これは絶対に何かあると感じた。大谷がそこで打ち、2塁で腕を振り上げ盛り上げた姿を見て、鳥肌が立った。空気の読み方とか、流れをしっかり掴んでいるのを感じた。日本が負けている時も、すごく冷静に見ていたし、日本の選手全員からも感じた。』と語っている。

 

同時期の21日、岸田総理はウクライナを電撃訪問し、モスクワでは中国の習近平国家主席とプーチン大統領の首脳会談が行われた。WBCでの日本の活躍にワクワクどきどきしながらも、国家間の争いとスポーツの持つ平和の意義について考えさせられた日々だった。

2023年4月スイスの旅

スイスの鉄道とアルプスの山々にあこがれスイス絶景の旅のツアーに参加した。スイスはシャモニーに一度行ったことがあるが、4つの鉄道と5つの展望台を巡る旅に心が躍った。

1日目:
成田から14時間半かけてチューリッヒへ。 空港からバスでサンモリッツへ向かうが、途中の峠で想定外の積雪にあった。運転手がチェーンの装着に手間取っているのを見て皆不安になるが40分ほど遅れで山小屋風リゾートホテルに到着した。就寝は1:30amになったが一安心しながら1日目を終了した。

 

2日目:
絶景列車①
前夜の雪が残る中、世界遺産レーティッシュ鉄道ベルニナ線に乗車し、サンモリッツからオウスビテイオベルニア、ボスキアヴォ湖を経てティラノへ向かった。絶景ポイントの360度回転のループ橋を通過しわくわくする。昼食後はベルニナディアポレッツへ。

アルプス5大名峰①
ロープウェイでディアボレッツア展望台へ。3000m級の山は見えたがピッツベルニナ(4,000m)はガスかかり見えず残念だった。

 

3日目:
絶景列車②
サンモレッツからアンデルマットまで世界一遅い特急氷河特急に乗車する。聳え立つアルプスの山々が次々と現れる車窓の眺めは素晴らしい。特急内でチキンとフライドライスのランチをとり、絶景ポイントのランドバッツサー橋を通過しアンデルマット着く。

アルプス5大名峰②
勇壮なミシャベルアルプスの山々を観光する。氷河に囲まれる村サースフェーはスノーボーのメッカのため、スキーやスノボーを持った人ばかりが闊歩し、私たちが目立つほどだ。鼠返しの木の倉庫が珍しい。村は氷河に囲まれ、氷河が町に流れてくるのではないかと思われるほど迫力のある風景だった。

バスでテーシュ向かい、シャトル列車でツェルマットへ。夕食はラクレット( ヴァレー州名産のラクレットチーズをトロトロに溶かして、茹でたジャガイモにからめる)。やはりスイスのチーズは美味しい。

 

4日目:
アルプス5大名峰③
早朝、朝焼けマッターホルンを観に出かけるが、雲海に沈んで見えずとても残念。
朝食後、ツェルマットからゴルナーグラートへ。

絶景列車③ 
ゴルナーグラート鉄道でゴルナーグラート展望台に行く。マッターホルンは見えなかったが、左のモンテローザ4634mとディアスカム4524mは見ることができた。 午後は、自由行動のためツェルマット市内を散策する。教会、外国人墓地、マッターホルンミュージアムでは初登頂7名の成功後、犠牲になった3名の切断されたザイルなどの展示などを見学する。

 

5日目:
アルプス5大名峰④
ブドウ畑を通りアルプスの山々を抜けてフランス領シャモニーへ。
シャモニーからゴンドラを2つ乗り継ぎ最後はエレベーターで、モンブラン観光のエギーユ・ドゥ・ミディ展望台へ。展望台へ着いたときは、全くの視界不良だったが、神風が吹いたのかのように一瞬(10分ほど)雲が消え去り、目の前にモンブランの雄姿が迫ってきたのは奇跡というしかない。

昼食後、レマン湖を経てアイガーの麓グリンデルワルトへ。
世界遺産のラヴォー地区のブドウ畑を車窓に眺めながらベルナーアルプス観光(アイガー・メンヒ・ユングフラウ)で有名なインターラーケンの街へ。 

グリンデルワルトは、アイガー北壁とヴェッターホルンを眼前に、2つの氷河が迫りくるアルプスの村で、ユングフラウ地方を観光する拠点として絶大な人気がある。ホテルの夕食時には、アイガー北壁をガラス越しに眺めるという贅沢なひと時を味わうことができた。It’s Amazing!!

 

6日目:
ロープウェー「アイガーエクスプレス」でグリンデルワルト・グルントからアイガーグレッシャーに上がるが天気は雨から雪に変わり視界ゼロ

絶景列車④ 
ユングフラウ鉄道でユングフラウヨッホ駅3454m(欧で標高一の駅)から3600mのユングフラウヨッホ・スフィンクス展望台へ。

アルプス5大名峰⑤ ユングフラウ観光  
ユングフラウヨッホ・スフィンクス展望台からは視界が悪かったが、ユングフラウ鉄道の歴史を光とサウンドを組み合わせて紹介するアルパイン センセーション 氷の宮殿を見学することができた。

3山の見えるレストランでアルペンマカロニ(マカロニとゆでたジャガイモをチーズであえた素朴なメニューで、主にアルプスなど山岳地方で昔から食べられてきた料理)の昼食を美味しくいただいた。
世界遺産の街ベルンの熊公園や旧市街観光し、チューリッヒ空港のホテルで宿泊、帰国の途に就いた。

 

スイスの鉄道のすばらしさやアルプスの山々の雄大さに感動した旅だったが、参加したメンバーのユニークさにも驚かされた。

合計27名の参加者の内、おひとり様参加は7名で九州や北海道からの地方参加者は7組だった。
フルマラソンを100回達成したマラソンの達人ご夫婦、キリマンジャロを踏破し今はトライアスロンに挑戦している極真流の達人、ウィスキーを小脇に抱えているいつも二日酔いの人などなど・・・。

脳梗塞のリハビリを兼ねて杖を突きながら一人で参加された高齢のご婦人には驚かされた。部屋が分からなくなったり、カードキーの使い方が分からなくなったり、靴下をはかずに靴を履いて出てきたりと周りから見るとハラハラすることばかりだったが、添乗員さんや周りの方々の助けで何とか無事に成田までたどり着くことができた。皆に心配されていた方だが、帰路の飛行機で文庫を読む横顔を見たときにそれまで見たことのないような聡明な表情を垣間見た。全員が一旦成田で解散した後も九州まで旅が続くということだったが、無事にご自宅にたどり着けただろうか。

2023年5月鎌倉能舞台

鎌倉の長谷寺から少し奥に入ったところにある能楽堂に出かけた。  県民のための「能を知る会」主催による一日二部構成の舞台である。初めに能楽師の中森貫太により「男物狂と女物狂」についての説明と当日の演目である狂言「墨塗」と能「水無月祓」の解説が行われた。 貫太氏は1961年生まれで鎌倉能舞台創設者の中森晶三の長男である。


パンフレットには「分かりやすい字幕解説付きの 字幕e能 やっています!」と書かれていて、伝統芸能普及への力の入れ方が伝わってくる。

 

【狂言】 墨塗
大名役 野村萬斎は、狂言方和泉流の能楽師で俳優、演出家でも広く知られている。狂言は、室町時代から市民の中に息づいているほのぼのコメディーで親しみやすい。

 

(ストーリー)訴訟事のため永く都に滞在していた田舎大名が、訴訟も無事に済み帰郷することになる。在京中に親しくなった女のもとに召使いを伴って別れの挨拶に立ち寄るが、事実を知らされた女は、別れを惜しんでしくしくと泣き始める。しかし、女の挙動を不審に思った召使いは、女が本当に悲しんで泣いているのかを確かめようとする。

 

召使いの面白おかしい駆け引きに、思わずあちこちから笑いがもれる。野村萬斎のシテはさすがというところ。後見役は、今年24歳になった長男の野村祐基。 くもんの親子CMが懐かしく思えるほどの成長ぶりに驚かされる。 後見とは、舞台の進行を監督する役のことで、小道具などの出し入れのほかに、舞台上で演者に烏帽子等の被り物を着せたり、装束の一部を替えたりする役目もあるが、演者が舞台で倒れたときは、即座に代わって後の舞台を勤めることもあるそうだ。 これからが楽しみである。

 

【能】 水無月祓 

「水無月祓」は女物狂に属し、作者は世阿弥とされている。夫や子を恋い慕って狂乱する女性を描いたもので、狂女役の中森健之介は解説をしていた中森貫太の子息。お互いに慕いしながら別離した男女が、下鴨神社の夏越の祓で再会するというハッピーエンドの物語である。

 

(ストーリー)室津の遊女と結婚の約束した男が、行方知れずになった女を捜して賀茂の明神に祈願に出かける。時は六月の晦日、明神には「この日に茅の輪をくぐると悪を祓う」と参詣客に熱心にすすめる一人の女がいる。よくよく見るとそれは自分の捜していた女で、女も男を尋ねて賀茂神社に来ていたのだった。二人は賀茂神社の縁でめでたく再会し「糺の森にいます神のおかげと、伏し拝んで、二人は連れ添ってかえった」という地謡終わる。

 

舞台脇のスクリーンに解説が流れるので素人にも分かりやすい。 大鼓(佃良太郎)  小鼓(清水和音) 笛(栗林 祐輔)  地謡(4名) による太鼓や笛の音、朗々とした地謡が舞台狭しと響き渡った。最前列で役者と演奏者の息遣いを楽しむことができたのは至福の時間だった。 

鎌倉の地にふさわしく着物姿や外国の方も見受けられたが、能舞台を出て間もなく突然の雷雨に見舞われた。たたきつける雨の中、予約していたレストランまで歩いたが、傘も役立たぬほどの土砂降りで風邪をひいてしまった。 たかが風邪、されど風邪である。 着物の方たちは大丈夫だっただろうか。

2023年6月尾瀬ヶ原

尾瀬を訪れるのは今回で3度目である。1回目は2005年、2回目は2010年、13年ぶりの尾瀬に心がはずんだ。自宅を6:00に出発し尾瀬戸倉からシャトルバスで鳩待峠到着11:20。山の鼻 経由で尾瀬ヶ原までは尾瀬認定ガイドの竹内さんの案内で尾瀬ヶ原ハイキング。帰りは同じ道をひたすら戻り、シャトルバスで鳩待峠から尾瀬戸倉に戻った。順調に見える行程だが、日々のウォーキングでは感じたことのない膝の痛みもあり長い一日となった。

 

鳩待峠でお昼をとった後、外部から植物の種などを持ち込まないように入口のマットで靴底の汚れを落としてから入山する。緩い石畳の坂道が続いた後は下りの急階段が始まった。まだまだ歩き始めたばかりなのに足の具合いが心配になりはじめ先が思いやられる。 階段を下ると木道が続き坂もゆるく歩きやすいが途中から木道が朽ちている場所があり、足元に注意しながら歩いていく。


至仏山(2228m)を左にみて進むと紫陽花に似た白い花(オオカメノキ)や根曲松 (赤松)が見られた。再び始まった下りの階段は部分的に傾いていたりでなかなか景色を楽しめない。 その後は新しく張り替えられた平坦な木道が続き、ところどころに置かれているクマよけの鈴をハイカーが鳴らしながら通っていく。 尾瀬でも熊は頻繁にみられるという。

 

今回は色々と反省させられた。 シューヒッターと相談しながら購入したトレッキングシューズが微妙に合わない。その上歩き始めてから10分ほどで左ひざに違和感を感じはじめ帰路は休み休みの行程となった。 前日の寝不足からかお腹の調子まで思わしくない。ともかく木道を踏み外さないよう、濡れた石で滑らないように下ばかり見ながら鳩待峠までなんとかたどり着いた。日帰りの尾瀬ハイキングは厳しい。これからはもう少しゆとりを持って景色を楽しみたい。

 

写真以外にもムラサキヤシオオツツジ、チングルマ、ミネザクラなど可憐な花々が足の疲れを癒してくれた。



2023年7月永久凍土

猛暑が続くなか水上温泉に出かけた。利根川源流沿いにある豊かな自然に恵まれた温泉宿だ。
着いた日はゆっくり温泉を楽しみ、翌日は土合口から谷川岳ロープウェイに乗車し展望台まで出かけた。

 

ロープウェイはフニテル式の複式単線自動循環式ゴンドラで全長2,400mあり約15分間の空中散歩を楽しむことができる。ロープウェイの案内には「山岳の厳しい環境に対応しており、風に強く快適な乗り心地」とあったが、動き始めて5分ほどでガクンと停止して慌てた。しばらくして「間もなく運転が再開されます」というアナウンスが流れ、ゴンドラ内のざわつきも収まり山々の景色を眺めるゆとりができた。ロープウェイに乗らずにハイキングやサイクリングを楽しんでいる人も多い。

到着した天神平駅の周りはシモツケソウ、ニッコウキスゲ、ヨツバヒヨドリ、ヤマブキショウマ、クガイソウ、エゾアジサイなどが咲き、まるでイングリッシュガーデンのようだ。天神峠までは、足が触れそうなお花畑の中をリフトで上るが、高原の風が爽やかで心地よい。

 

付近ではトリカブトの群生も見られた。トリカブトは北海道の摩周湖周辺でも見たことがあるが、湿気の多い木陰や草原、沢筋などに自生している。 猛毒ということを知らなければ、紫色の花はリンドウに似ていて美しい。米澤穂信の小説「栞と嘘の季節」に出てくる、ラミネート加工されたトリカブトの栞を思い出し背中がゾクリとした。

 

天神峠は谷川岳を眺められるビューポイントであり谷川岳登山の入り口でもある。峠から360度のパノラマの広がる山頂のトマノ耳までは約2時間半の行程だが、帰るまでにもう一度温泉を楽しみたいと思い、高原の風を堪能した後は宿に戻った。

 

自宅に戻った翌日、テレビで「地球を揺るがす北極圏」を観て衝撃を受けた。 今頃気づくのは遅いと言われそうだが、北半球にある永久凍土が溶解しメタンガスを放出しているという。2014年の調査により、シベリア北西部のヤルタ半島でメタンガスの噴出によりできた巨大なクレーターが8個確認されていた。温暖化により永久凍土のメタンガスに加え、永久凍土の下に眠っていた化石燃料のメタンガスも噴出している箇所があるという。この現象はロシアだけにとどまらず、カナダやアラスカ北部の永久凍土でも見られている。永久凍土の上にあるアラスカ北部のイージー湖ではメタンガスの噴出が顕著だという。

 

2021年の研究によると、気温の上昇と森林火災の増加でアラスカの永久凍土が溶け、このような湖がますます多く現れるようになってきているという。 世界の気象機関が、7月は観測史上最も暑い月になるとの見通しを示したことを受け、国連のグテレス事務総長は7月27日「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰の時代が到来した」と警告した。

 

「熱中症に気を付けて無理をせずにエアコンをつけてください」と言われるが、人生100年時代などとのんきなことは言っていられない。人類の将来だけではなく 地球の未来はどうなるのだろうと・・・不安になる。

2023年8月Chat GPT

ChatGPTは、2022年11月の公開以降、あまりにも急速に普及したことから議論を巻き起こし、「ChatGPT」は、人類にとって脅威なのか福音なのかと大きな話題になっている。慶応義塾大学環境情報学部の今井むつみ教授も「無防備に活用すれば、人間の知性の本質に大きなダメージを与えかねない」と警鐘を鳴らしている。

 

ChatGPTは、文章を自動生成する「生成AI(人工知能)」で、人と話しているかのように質問に答える「対話型AI」だ。使い始めてみるとその即答ぶりに驚かされる。しかし、AIはあくまで機械なので「意味の理解」と「直観」が欠如しており間違った答えを出すことが頻繁にあり問題になっている。間違いのレベルは様々だが、分数なども理解できないようだ。

 

ChatGPTの得意分野はネット上にある情報を集め、組み合わせ自然に聞こえる文章を作ることで、ChatGPTが間違うのは、AIが「意味」を理解できず直観的な思考も想像力も持たないからだ。

(活用例1)
祖父の名でその履歴を調べてみる。
経歴内容はほぼあっていたが、記述に伴う年号のすべてが間違っていた。

 

(活用例2) 家族9名の名前の1字をとり漢詩を創生してみる。
  【        

      

AIにより瞬時に仕上がったこの漢詩は、壮大でまるで漢の時代の碑文にあるような文になり驚いた。


28日の新聞の池上先生の「いい質問をする会」の話の中に「ある大学の先生が自身の専門について尋ねたところ、一見、もっともらしい答えにはなっているけれど、細部にいくつも間違いがあることがわかったそうです。これを逆手に取って『チャットGPTの答えの間違いを指摘しなさい』と試験問題を出したそうです」とあった。チャットGPTの不完全性を逆手に取った面白い課題だと思った。これならAIの欠陥を実体験できるだろう。

 

人間は、間違いを重ねながら知識や技を身につけていくが、AIはネット上にある大量の情報を拾い集めて答えを作成している。今後AIが人間の持つ直観や創造性も持つ可能性はあるのだろうか。人間が発案したAIを活かすも殺すも人間次第で、賢く付き合っていかなければならない。

特殊詐欺も横行している昨今、ボケてはいられない・・・。

2023年9月 お彼岸

毎年春と秋のお彼岸に兄弟3人で多摩霊園にお参りに出かけている。お墓は父の代に神足(京都)にある潤福寺から東京都が管理する芝生霊園に移動させたものだ。

 

お墓を清めてお花とお線香を供えた後に兄が般若心境を唱え黙禱する。黙祷を終えると肩が軽くなったように感じ清々しい気持ちになる。その後、近くのファミレスでお昼を共にしながらおしゃべりするのがお参りの後の楽しみになっている。

 

兄と弟は吉祥寺近辺に住み、趣味もオーディオとマラソンなど共通点が多く常に行き来をしているが、こちらは半年ぶりの近況報告になる。

 

一方、金沢にある野田山の墓所は北陸新幹線が開通したもののなかなか行かれず、わが家の仏壇に手を合わせ、ご先祖様にご無沙汰を侘びながら日々の平安をお願いしている。金沢市にある野田山は加賀藩主前田利家一族が眠る墓所でもあり、山全体が区画された墓地になっている。わが家の墓地は10年前に土葬だったものなどを含めて大改修したが、毎年墓守さんに代理参りしてもらっている。世の中はAI化や科学技術が進み「テクノ新世」と呼ばれるような時代に入った。コロナの影響でいろいろな場面へのリモート参加も増えてきたが、これからはリモート墓参もあるだろう。

 

子供のころ京都東本願寺の大谷祖廟にお参りしたとき、飛び回る蚊を叩いていたら祖母に「お墓で殺生をしてはいけない」と言われたが、夏の時期はどこのお墓も蚊が多く難儀をさせられる。蚊によるマラリアなどの感染症による死者は年70万人を超え、蚊は世界で最も多く人間を殺している人間の天敵だという。地球温暖化でその生息域は世界中に拡大し2000年に約50万件だったデング熱の症例数は、19年には10倍以上の約520万件に増えたという。

 

「蚊」を「絶滅」させる実験が米国で始まり、イギリスでは子孫が繁殖できないよう遺伝子改変した蚊を大量に放す実験が行われた。「2世代で蚊の数が約9割減る効果がある」という嬉しい話だ。タイ在住時にデング熱にかかった身としてはぜひとも成功させてほしいプロジェクトである。

2023年10月 アイヌ

紅葉を求めて北海道の旅にでかけた。今回は帯広、トマム、美瑛、層雲峡、旭川と限定されたエリアだったが、層雲峡の散策路ではモミジを中心とした紅葉黄葉を、青い池辺りでは青い水面に投影されてた幻想的な木々の風景を楽しんだ。

 

大雪山ふもとにある層雲峡の温泉宿でアイヌの古式舞踊を鑑賞する機会があった。大雪山はアイヌ語で「カムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)」と呼ばれ、宿のレストランにはHINNA(感謝、ありがあとう)やINANKUR(幸せ、幸あれ)が、硫黄の香る温泉にはチニタ(夢)というアイヌ語がつかわれ、北海道とアイヌのつながりの深さを感じた。

 

アイヌの古式舞踊の「リムセ」というのは輪舞、「ウポポ」というのは歌のことで、リムセは12種、ウポポは9種が伝承されている。アイヌ古式舞踊の踊りには「儀式(奉納)舞踊」「模擬舞踊」「娯楽舞踊」の3種類がある。

まずアイヌ民族に伝わる竹製の口琴楽器のムックリによる演奏が行われ、次に模擬舞踊である「サロルンリムセ(鶴の舞)」と儀式舞踊である「クリムセ(弓の舞)」が披露された。最後に、観客と一緒に輪になって踊るリムセで楽しい夜は締めくくられた。

 

古式舞踊を楽しんでいるうちに川越宗一の小説「熱源」を思い出した。明治から太平洋戦争の終戦までの樺太アイヌの戦いを描いたもので、金田一京助がその半生を『あいぬ物語』としてまとめた山辺安之助の生涯を軸に描かれた小説だ。

 

【樺太出身でアイヌのヤヨマネクフたちは故郷を追われ、北海道への集団移住を強いられる。その後、天然痘やコレラの流行で妻や多くの友人たちを亡くすが、ヤヨマネクフは名前を山辺安之助と代えて樺太に戻る。一方、リトアニア生まれのブロニスワフ・ピウスツキは、ロシアの同化政策により母語であるポーランド語を使うことも許されないまま皇帝の暗殺計画に巻き込まれ、苦役囚として樺太に送られる。】

日本人に同化されそうになったアイヌと、ロシア人に同化されそうになったポーランド人の物語である。アイデンティティを揺るがされ、文化を押し付けられた二人が樺太で出会う。当時のアイヌ民族に対する差別やロシアによる同化政策に心が痛むが、国家や民族を超えて人々が共に生きる力に感動する。

 

この夏は記録的な猛暑で山の実りが少なくなり、各地で熊が出没し農作物や人々に危害を与えているが、アイヌ民族にとって熊は、古くから山の神としてあがめられ崇拝の対象とされている。里山や人の住むエリアまで出没している熊だが、何とか共存する方法はないものだろうか。その対策として、山と人里との間にある里山にミズナラやブナなど実のなる木々を植えて、熊と人が住み分ける環境整備が必要だとされている。地球環境は人間にも動物にも年々厳しくなっている、早急な対策が必要だ。

2023年11月 芸術の秋

今年は異常な暑さが続き心地よい秋はあっという間に過ぎ去ろうとしている。
先日、鎌倉にある「雪ノ下教会」で、鈴木優人によるJ.S.バッハの「平均律クラヴィーア曲集第2巻全曲」のチェンバロ演奏を聴き、新宿のSOMPO美術館では「ゴッホと静物画展」を鑑賞した。

 

鈴木優人は、指揮者、作曲家、ピアニスト、チェンバリスト、オルガニスト、演出家、プロデューサーと幅広い音楽分野で活動している。バッハ・コレギウム・ジャパンの首席指揮者でありN響や読響で指揮をとり「題名のない音楽会」への出演でも知られている。

 

2021年の「平均律クラヴィーア曲集第1巻全曲」に続き、今回はバッハの鍵盤音楽の集大成として演奏された。第1巻2巻とも24全ての調による前奏曲とフーガで構成されている。教会での演奏では、コンサートホールでの響きとは異なる「癒し」を感じることができた。今回も鈴木家所有の沈金を施したチェンバロを持ち込んでの演奏となりその音色に魅了された。

 

SOMPO美術館で開催されているGogh展では「伝統から革新へ」のタイトルでひまわり、アイリスをはじめ25点のゴッホ作品が展示され、ゴッホが影響を受けたり影響を与えたゴーギャン、マネ、モネ、ルノワールなどの作品も紹介されていた。静物画展ということもあり静寂の中にも華やかな雰囲気が感じられた。 展示の中では、晩年に描かれた「アイリス」が印象に残っている。花の絵の中でも有名な作品だが、筆致や色彩が素晴らしく、ゴッホらしい感性がよく表れた作品だった。 生成AIで「ゴッホのような「星月夜」の絵を描いて」と入力すると「それらしい」絵が瞬時に誕生する。初めは面白くもあり興味もあったが、その絵は真似そのものでありエネルギーは全く感じられず偽物感が漂う。

 

17日、「オープンAI」はチャットGPTの開発者でありCEOのアルトマンの解任を突如発表したが、それに反対した技術者らの大半が離反する事態を招き、マイクロソフトにヘッドハンティングされていたアルトマンは元の「オープンAI」に戻ることになった。

 

オープンAIは「悪魔なのか天使なのか」との話題も尽きず、生成AIをオープンにするか否かの問題も混迷を深めている。インターネットが垣根を設けようとする試みに抵抗することで繁栄したように、オープンAIも広く一般にオープンにすべきだという意見もある。どちらにしても利点と欠点があるようだが、これから先どんな未来になっていくのか、期待よりも不安の方が大きい。

2023年12月 クリスマスの報道ステーション 

【大越キャスター】
クリスマスの報道ステーションでは、イスラエル・パレスチナを訪問した大越キャスターがイエス誕生の地ベツレヘムで見聞きした厳しい現実を伝えていた。  イスラエル方面から見た分離壁は、何も書かれていない無機質なものだが、パレスチナ方面から見た壁には、いろいろなメッセージが書き込まれていた。その中にはバンクシーが描いた「2人の天使がこの残酷な壁を引き裂こうとしている絵」もあった。

 

ガザ地域では、難民キャンプのみならず人々の暮らしの悪化が止まらない。大越キャスターのベツレヘムでのインタビューに、人々は「平和の中で共存することはあり得ない」と語っていた。キリストの生誕地ベツレヘムにも平和の願いは届かない。壁に囲まれ聖地での取材は、クリスマスに浮かれる気分を現実世界に引き戻した。

 

クリスマスのこの日のゲストはピアニストの藤田真央だった。
【藤田真央】
ドイツを拠点として世界各地で演奏旅行を続けている藤田真央のスタジオ出現は、思わぬクリスマスプレゼントでうれしい驚きだった。演奏されたのはモーツアルトの「ピアノソナタ第16番ハ長調K.545 第1楽章」。テレビとはいえ藤田真央のモーツアルトが生演奏で聴けたのは至福の時間だ。

 

藤田真央の略歴:
東京音大卒業後、2017年にクララ・ハスキル国際ピアノコンクール優勝し、2019年には20歳で世界3大ピアノコンクールのひとつであるチャイコフスキー国際コンクールで第2位を受賞する。カーネギーホールでは聴衆を熱狂させ、伊スカラ座などクラシック音楽の名門ホールにも次々とデビューしている。25歳の今年は、ドイツのクラシック音楽界で最も権威のあるレコード賞も受賞した。

 

世界デビューのきっかけとなったのは「モーツアルトのピアノ・ソナタ全集」。今では、一番お気に入りのアルバムだ。巨匠たちの奏でる音とは一味違い、柔らかく繊細で透き通った音色に日々癒されている。まだコンサートに出かけたことはないが、時には即興的に弾きその独創性が魅力という演奏会にも行ってみたい。

 

初の著書「指先から旅をする」には、世界中で喝采を浴びオファーが引きも切らないこの2年間が写真とともに描かれている。エルサレムでの奇跡のコンサートの記述で始まり、カーネギーホールを熱狂させたソロ・リサイタル、レジェンドたちと共演を果たしたアルプスの音楽祭、バイエルンで奏でた即興演奏などなど魅力的な話題が詰まっている。 イスラエルを訪れた時の写真も掲載されている。

 

浜松国際ピアノコンクールが題材の「蜂蜜と遠雷」の著者、恩田陸のとの対談も楽しい。「絶対音感の持ち主なのに音痴」というくだりには驚かされ、なんだか親近感を抱いた。恩師や演奏仲間との出会い、自分にしか奏でられない音、音を紡ぐことのすばらしさなどなど・・音楽界の大谷翔平とも言われるピアニストをこれからも見守っていきたい。

 

若きピアニストは「人生の節目にはモーツアルトが現れる」と回想しているが、私は歳を重ねるごとにモーツアルトが好きになった。いろいろなことのあったこの1年だったが改めて平和の尊さを祈らずにはいられない。