
新しい年の幕開けは、凛とした空気のなかで新年を寿ぎ家族の平安を祈るものなのに、元日と2日、立て続けに日本列島を不幸が見舞った。元旦には最大震度7の地震が能登半島を襲い、家族が集うお屠蘇気分をぶち壊し日本中が震えた。翌2日には羽田空港の滑走路で、海上保安庁の航空機に日本航空機が衝突し炎上した。辰年の神様はどこに身を潜めたのだろうか。
追突事故を起こした海保機は能登に災害支援物資を運ぼうとしていたもので、乗員のうち機長を除く5人が亡くなった。一方、日本航空の乗客乗員は幼い子供も含め全員が無事に脱出することができた。乗員たちはこの緊急時に完璧にその任務を果たしたが、海外メディアは、炎上する日航機から乗客乗員379人全員が脱出できたことを「奇跡だ」と伝えた。能登地震での人命救助や救援は、熊本地震などを教訓にすすめられているが、極寒の避難生活は高齢者や持病のある人には厳しく、心身に不調をきたす災害関連死も増いている。
邪気を払うため成田山新勝寺に初もうでに出かけた。初めて訪れた成田山新勝寺は、成田市にある真言宗智山派の仏教寺院で、真言宗の大本山の一つである。山号は成田山で、不動明王信仰の一大中心地である。
2月の節分の豆まきで有名だが、初詣の参拝者も毎年300万人を超える関東屈指の寺で、社寺としては明治神宮に次ぎ全国2番目の参拝者数を誇っている。
寺の歴史を紐解くと、810年に弘法大師が嵯峨天皇の勅願により御本尊不動明王を敬刻開眼したとあり、1180年に源頼朝が平家追討を祈願し、1707年には京都嵯峨大覚寺直末となり、金剛王院室兼帯の令旨を受け成田山金剛王院新勝寺と称したとある。1928年に成田山公園を竣工し広大な敷地を誇る寺院となっている。 タイ人の観光客が多いのだろうか境内図にタイ語が並記されていた。
参道で名物の鰻をほおばった後、江戸情緒あふれる水郷の町として知られる佐原商家町を訪れた。佐原は、江戸へ食糧を運ぶ一大穀倉地帯として栄え、酒、味噌、醤油造りの醸造技術や、食文化が受け継がれ現在も江戸優りの食文化も継承している。古民家カフェーの中村商店に立ち寄り名物のさつまいものモンブランをいただいた。パイ生地に地元産の紅はるかを使った芋けんぴと生クリーム、その上にクリーミーな「生絞りモンブラン」がドレスを纏うように絞られ、パリパリのさつまいもチップスが飾られていた。栗のモンブランにも勝る美味しさだった。
改めて一年の平安を願わずにいられない。