2024年1月 「竜年」

新しい年の幕開けは、凛とした空気のなかで新年を寿ぎ家族の平安を祈るものなのに、元日と2日、立て続けに日本列島を不幸が見舞った。元旦には最大震度7の地震が能登半島を襲い、家族が集うお屠蘇気分をぶち壊し日本中が震えた。翌2日には羽田空港の滑走路で、海上保安庁の航空機に日本航空機が衝突し炎上した。辰年の神様はどこに身を潜めたのだろうか。

 

追突事故を起こした海保機は能登に災害支援物資を運ぼうとしていたもので、乗員のうち機長を除く5人が亡くなった。一方、日本航空の乗客乗員は幼い子供も含め全員が無事に脱出することができた。乗員たちはこの緊急時に完璧にその任務を果たしたが、海外メディアは、炎上する日航機から乗客乗員379人全員が脱出できたことを「奇跡だ」と伝えた。能登地震での人命救助や救援は、熊本地震などを教訓にすすめられているが、極寒の避難生活は高齢者や持病のある人には厳しく、心身に不調をきたす災害関連死も増いている。

 

邪気を払うため成田山新勝寺に初もうでに出かけた。初めて訪れた成田山新勝寺は、成田市にある真言宗智山派の仏教寺院で、真言宗の大本山の一つである。山号は成田山で、不動明王信仰の一大中心地である。
2月の節分の豆まきで有名だが、初詣の参拝者も毎年300万人を超える関東屈指の寺で、社寺としては明治神宮に次ぎ全国2番目の参拝者数を誇っている。

 

寺の歴史を紐解くと、810年に弘法大師が嵯峨天皇の勅願により御本尊不動明王を敬刻開眼したとあり、1180年に源頼朝が平家追討を祈願し、1707年には京都嵯峨大覚寺直末となり、金剛王院室兼帯の令旨を受け成田山金剛王院新勝寺と称したとある。1928年に成田山公園を竣工し広大な敷地を誇る寺院となっている。 タイ人の観光客が多いのだろうか境内図にタイ語が並記されていた。

 

参道で名物の鰻をほおばった後、江戸情緒あふれる水郷の町として知られる佐原商家町を訪れた。佐原は、江戸へ食糧を運ぶ一大穀倉地帯として栄え、酒、味噌、醤油造りの醸造技術や、食文化が受け継がれ現在も江戸優りの食文化も継承している。古民家カフェーの中村商店に立ち寄り名物のさつまいものモンブランをいただいた。パイ生地に地元産の紅はるかを使った芋けんぴと生クリーム、その上にクリーミーな「生絞りモンブラン」がドレスを纏うように絞られ、パリパリのさつまいもチップスが飾られていた。栗のモンブランにも勝る美味しさだった。

 

 改めて一年の平安を願わずにいられない。

2024年2月 「銀座の喫茶店ものがたり」

2月は温暖差が激しい日が続いたが、この日はやさしい日差しの中を北鎌倉から鎌倉まで歩いた。道中、梅の香かおる明月院と臨済宗の大本山である建長寺に参拝した後、観光客で賑わう小町通りの路地を一歩入った奥にひっそりとたたずむ昭和レトロな喫茶店「ミルクホール」に立ち寄った。

 

「ミルク ホール」という名前からも昭和のにおいが漂ってくる。レトロおしゃれな外観の扉を開けると、思いのほか広い空間にジャズが静に流れている。 古い木の香りに包まれた店内にはどこか懐かしい家具や調度品が置かれている。私が座った席の横には友人宅にあるような木製の本棚が置かれていた。 棚に並んでいるのは、ドストエフスキー「地下生活の手記」 「ホーキングの新宇宙論」 高橋克彦「ゴッホ殺人事件」 「美しい日本のくせ字」 松村友視「帝国ホテルの不思議」 西岸良平「鎌倉ものがたり」などなど・・・。背表紙を追っていると友の家でくつろいでいるような気分になってくる。

 

注文したプリンアラモードが来るまでの待ち時間に松村友視の「銀座の喫茶店ものがたり」を手に取り読み始めた・・・ページを繰っていると、若き日にタイムスリップしたような不思議な気持ちになった。

 

プロローグには「贅沢な空気感の薬効」として7丁目の資生堂パーラーと資生堂パーラー サロン・ド・カフェが、その空気感とともに紹介されていている。18章では、“教文館カフェ”が「清逸な銀座のオアシス/心の彷徨をそそのかす空間」として紹介されていたが、こちらの想いを代弁するかのような記述がなされていて背中がゾクっとした。

 

店内の本は貸出可能らしく貸出ポケットがついていたが、家に戻りすぐに「銀座の喫茶店ものがたり」をネット注文した。この本は、銀座に点在する喫茶店の「いま」を松村友視が訪ね歩きタウン誌「銀座百点」に掲載したものを、2011年に単行本化したものだ。

 

 “CAFÉきょうぶんかん” からの抜粋
『銀座通りの風景の中で、四丁目にある“教文館ビル”は、さまざまな意味で特別な存在と言ってよいだろう、一九三三年に建てられた、アントニン・レイモンドの設計によるその建物自体もさることながら、教文館そのものの、キリスト教禁教の高札が下ろされた当初における誕生、文書伝道、メソジスト出版社、関東大震災、第二次世界大戦、戦後から現在・・・その時の流れの中でつねにつらぬかれてきた教文館の精神が、ビルの内側に包み込まれている。そのけはいが、教文館ビル一、二階の雑誌や書籍を販売する書店をおとずれるたび、私に微妙な緊張を与えたものだった。
そのかすかなる緊張は、書店内に流れる清逸な雰囲気が、私の躰に棲みついている濁りの虫を、そっとたしなめてくれるためなのだろう。

ところが、その書店の上階にあたる、四階の喫茶コーナーである“CAFÉきょうぶんかん”の天井や壁の黒い色調、さりげなく置かれた書籍、小さい額、鉢植え、写真、スタンド、照明などの中にしばらく身を置いているうち、道連れにしているはずの緊張感が、私の躰から嘘のように抜けていることに気づいた。それは、そこにただようやわらかい空気が、大都会の喧騒の中を歩いてきた私のセンスを、そっと染め直してくれているせいにちがいなかった。

    

窓際の席で、雨の降る外の風景をながめ、雨ごしに大都会のど真ん中を歩く人々を打ち眺めていれば、時もまたしだいににじんでゆき、自分がどこにいるかもつかめぬ境地に、しばしひたることができるのではなかろうか。
“CAFÉきょうぶんかん”は、都会人がしばし迷子の心を味わうにふさわしい、まことに不思議な隠れ家なのである。』

   

教文館洋書部にわずかな期間勤務したことがあるが、懐かしい思い出は尽きない。ここ数年は鎌倉散策を楽しんでいたが、これからはこの本に紹介された四十五店の喫茶店をゆっくり時間をかけて訪ねてみようと思う。 新しい出会いの予感がする。

2024年3月 「紫式部」

年明けから大河ドラマ「光る君へ」が始まった。主人公の紫式部は、平安時代中期に活躍した歌人であり、世界最古の長編物語の「源氏物語」の作者である。歌人としては、『百人一首』の和歌が知られており、『紫式部日記』(18首)、『紫式部集』、『拾遺和歌集』などにも和歌を残している。

 

百人一首の紫式部の和歌
『めぐり逢ひて 見しやそれともわかぬ間に 雲がくれにし 夜半の月かな』
(訳)久々に再会できたと思ったのに、それが幼馴染のあなたなのかどうか雲に隠れる夜中の月みたいに、はっきりわからないうちに帰ってしまった。

 

同時代の清少納言の和歌
『夜こめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ』
(訳)まだ夜が明けない内に、鶏の鳴き真似をして函谷関の番人を騙しても、逢坂の関は開きません。私だって騙されて戸を開けるようなことは絶対しません。

2首を比べると、紫式部の和歌の方が奥ゆかしく好みである。

 

根本知さんによる揮毫『光る人へ』に、いにしえの雅を感じたが、恋人同士のまひろ(吉高由里子)と道長(柄本佑)が惹かれ合っているようには見えず残念な気がする。道長は光源氏のモデルとされているが、この後、まひろは道長のサポートを受けながら源氏物語を書き進めていく。

 

さて、老化防止になるだろうと百人一首を1日1首ずつ 番号、作者、和歌を覚えることにした。月曜日から金曜日までで5首、土日はその週の復習に充てている。いざ始めてみると難しいのは作者だ。何とか関連付けて覚えようと試みるが、凡河内躬恒や皇嘉門院別当など初めて聞くような名前に難儀している。覚えたと思っても3歩歩くと、もう忘れている。それでも継続することに意義があると、なんとか続けている。

 

今年の桜の開花は早いと言われていたが、肌寒の日々が続き横浜の開花日は3月30日、満開は4月5日と大幅に遅れた。百人一首には桜の歌が5首ある。

9番 小野小町
『花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに』 (古今集)

(訳)花の色は長雨に打たれて移り変わってしまいました。見る人もないままいつの間にか。私がこの世の中について思いめぐらし、ぼんやりと眺めている間に・・・。

 

33番 紀友則
『久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ』 (古今和)

(訳)こんなに日の光が降りそそいでいるのどかな春の日なのに、どうして落着いた心もなく、桜の花は散り急いでしまうのだろうか。

 

61番 伊勢大輔
『いにしへの 奈良の都の 八重桜 今日九重に にほひぬるかな』 (詞花集)

(訳)とおい昔、都であった奈良で咲き誇っていた八重桜が、今日はこの宮中(九重)で美しく輝いています。

 

66番 前大僧正行尊 
『もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし』 (金葉和歌集)
 (訳)山桜よ、ともによろこびを分かち合おうじゃないか、ここにはお前よりほかに知人もいないのだから。
思いがけないところで山桜に出くわした感動を詠んだ歌だと思われます。桜を一人の人間として同じ空間を共有しあうつかの間の喜びを謳った歌です。

 

73番 大江匡房 
『高砂の 尾の上の桜 咲きにけり 外山の霞 立たずもあらなむ』 (後拾遺集)

(訳)はるか遠くの高い山の峰にも、やっと桜が咲いた。里近くの山の霞よ、桜の姿をよく見たいから、どうか立たないでおくれ。大江匡房の桜は、遠くから眺める桜です。「霞」は春に立つ霧のことです。

 

いよいよお花見の本番を迎え、日本中がそわそわしている。今年は、開花予想がつぎつぎ変わり気を揉んだが、空気までもが桜色に染まる日をドキドキしながら待っている。

2024年4月 「三国志」

テニスをやめてからWOWOWでテニス観戦するのが習慣になった。1月中旬の全豪オープン、5月下旬の全仏オープン、6月下旬のウィンブルドン、8月下旬の全米オープンの四大大会以外でも時差を気にしなければほぼ一年を通して試合を楽しむことができる。

 

日本人選手のダニエル太郎、西岡良仁、大坂なおみなども1・2回戦負けが多く、なかなか成果が出せていない。かつて世界ランキング4位だった錦織圭も怪我の回復が遅れていて残念だ。そこで、イタリアの若手のホープシナ―、ギリシャの貴公子チチパス、GS優勝を期待されているドイツのズべレフ、少年時代から応援しているオーストラリアのデ・ミノー、怪我の復帰後に今季限りの引退を表明しているスペインの英雄ナダルなど・・・グローバルに応援しながら楽しむことにしている。

 

テニス観戦をするうちにオンデマウンドでドラマや映画も観るようになった。日本の作品に比べ海外のドラマはスケールが壮大で面白い。日本のドラマには面白いものが少ないと思っていたが、「文化時評」によるとドラマ制作費で米韓(中)とは圧倒的な差があるという。中国の歴史時代劇である「永楽帝」「康熙帝」「三国志」などはそのスケールの大きさに圧倒される。

 

「永楽帝」
明朝の太祖・朱元璋の四男で燕王の朱棣は、類まれな軍略家として成長する。太祖の崩御後に永楽帝となり、都を北平に遷都し明朝繁栄の礎を築く。


「康熙帝」
黄河を治めた清の皇帝康煕帝と治水に奔走する男たちの壮大な物語。不正や汚職のはびこる朝廷で、治水の大工事に挑む姿が圧倒的スケールで描かれている。

 

「三国志」

180年頃 - 280年頃の100年の亘る後漢末期から三国時代にかけて群雄割拠していた時代の諸国の興亡の歴史。中心になった蜀・魏・呉の三国が争覇した三国時代について描かれている。

 

三国時代に興味はあるものの、登場人物が多過ぎてよく理解できずにいたが、図書ボランティアの本棚で、世界の教養をストーリーで学べると銘打ったマンガ「三国志 I 劉備と諸葛孔明」「三国志 II 赤壁の戦いと三国の攻防」を見つけた。これは吉川英治原作の「三国志」を石森プロが漫画化したものだ。歴史は勝者によって造られると言われるが、群雄割拠時代の殺戮の多さと王朝交代が嘘と騙しにより創られて来たという歴史は事実なのだろう。マンガのお陰で三国時代を大まかに把握することができたのはうれしいことだ。中心人物は劉備玄徳と諸葛孔明である。

 

【劉備玄徳】
劉備玄徳(161年- 223年) 後漢末期から三国時代の武将、蜀漢の初代皇帝。
黄巾の乱の鎮圧で功績を挙げ、その後は各地を転戦した。諸葛孔明の天下三分の計に基づいて益州の地を得て勢力を築き、後漢の滅亡を受けて皇帝に即位し蜀漢を建国した。その後の蜀、魏、呉による三国鼎立の時代を生み、どのような身分の人も差別せず貧困者には経済的支援をするなど、人々から慕われるリーダーになっていく。劉備は諸葛孔明の案により「天下三分の計」を実行すべく曹操と戦うことになるが、『三国志』でも有名な赤壁の戦いへと繋がっていく。


赤壁の戦いに勝利し、荊州の支配権を握って独立を果たし、時代は三国時代に入る。 221年、劉備が60歳を迎える頃に群臣たちに推挙され、蜀漢を建国し初代皇帝の座つくが 、呉国の裏切りに遭い大敗して62歳で亡くなる。

 

【諸葛孔明】
諸葛孔明(181年-227年)山東省で生まれ、聡明として知られる。 207年、知略に富んだ者を探していた劉備が訪ねてくるが、留守にしているにも関わらず自ら3度も訪れてくれたことに感激して劉備の家臣となり「天下三分の計」を説く。

 

赤壁の戦いの交渉により孫権と同盟で結び、曹操軍に大勝した劉備は天下への第一歩を踏みだす。 蜀を手に入れ知将として活躍した孔明は、劉備から軍師将軍、左将軍に任じられ、軍政と人事を担当することになる。

 

221年、劉備が蜀の帝位につき、孔明は丞相(政治を担う最高責任者)に任命される。劉備が亡き後は、息子の劉禅に忠義を尽くす。 227年、蜀の国力回復に成功した孔明は、漢を再興するために魏との戦いに挑むが、魏を滅ぼすまでにはいたらず、5回目の五丈原の戦いで病に倒れて亡くなる。

 

マンガを侮っていたけれど マンガの力はすごい!!